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Le vent se lève. 風 立ちぬ。

11 juin 2019
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Le vent se lève...
Le vent s'est levé...
風立ちぬ…。

この表現を、今日だけで何回聞いただろう。朝6時半の約束時に、ムッシュV. の 口から。共同組合の購買所で働くちゃきちゃき姉さんや、近所のカフェのマダムも口々に風を話題にする。


ここは、フランス南西の端。カタルーニャ語がここそこで耳に入ってくる片田舎だ。パリはサンジェルマン界隈のles deux magots でグレーな空に目をやりながら、Paul Verlaineの 詩を口にしているのとは心情も情景も異なる。


山の岩燕が村に下り赤い蝶ネクタイとタキシードを纏い直した頃、葡萄の木も翡翠色の着物を仕立て始める。この頃には、濃紫のワイルドラベンダーや薄桜色のタイムの季節が終わり、きいろのレダマ(genêt d'Espagne) や檸檬色のイモーテル(immortelle) に主役を譲る。


陽射しもいっそう強くなるけれど、雨も多くなって、カビ系の病気はもとより、ダニやバクテリアに起因する病気や害虫から葡萄の若枝、葉、そして蕾を守る為に生産農家が格闘する時期でもある。


葡萄につく病気や害虫は、挙げればきりがないほど存在しているのだが、有機農法ではなすべく技もかなり限られているのもまた事実。葡萄の品種によっても弱い強いの違いがある。よくある病気で葡萄の木を枯らせたり収穫に大きな影響を与えるのは、Mildiou(べと病)やOïdium(うどん粉病)だ。二つともCryptogamiqueつまりカビ菌が原因なので、防カビ剤を散布するわけだけれど、まぁその種類の多いこと!この2種類の病気対策だけで、数十種類の防カビ化学薬品が『農薬・備品値段ガイド』のリストに載っていた。うちの葡萄畑は有機なので予防法しか許可されておらず、べと病には銅ベース、うどん粉病には硫黄ベースの鉱物系の散布剤を買って水で溶くか、粉のまま散布をするしかない。


ところで、Oidium対策で、ムッシュVの一押しなのが、硫黄の粉をスフレットというマラカスみたいなプラスティックの容器に入れて、手で振りながら葡萄の木一本一本にかけていく方法。


「日の出前の静まり返った葡萄畑を歩きながら、木の上からスフレットを振るとね、黄色い粉がフワッと舞って葡萄の木を包み込むようにして、土の上にゆっくり落ちていくんだよ。それはもう美しくて。。。自分はこの作業を楽しみにしてるんだよ。」


満面の笑顔で語るムッシュVを見ていると、共同購買所のちゃきちゃき姉御が言っていたことも、つい軽く感じられてしまう。


「・・・だって、あなた一人でトラクターもないんでしょう?粉は雨が降ったらまたすぐやり直しよ?絶対、水に解いて噴霧散布したほうが効率いいわよ。銅も一緒に混ぜて一気に散布できるんだから。そうそう、自分で水に溶くのも大変なのよ。あとは撒くだけのやつが簡単だから、黄色いポリ容器のやつ買っていけばいいじゃないの。」


初心者の私に、親切に説明してくれる姉御。かくして、水に溶く硫黄と『黄金の粒』と呼ばれる粉末のものを少しずつ購入し、共同購買所を後にした私。まぁ、黄色ポリは割高だったから、とりあえず他の方法が余りに大変だったら考えるよ、と姉御には説明しておいた。


「直虎、ちゃきちゃき姉御イチオシの黄色ポリ買わなかったけど、彼女気を悪くしてないといいなぁ。。。でも、ムッシュVのイチオシも捨てがたいし。」


直虎の後部座席後ろにこんもり積まれた硫黄の粉や、銅ベースの粉末。。。
ところが、カビ病対策製品を買ったものの、一向に風が止む気配はない。


「そういえば、また畑買う前、深夜早朝に撒くって話聞いたことあるかも!ねぇ、タビビト*、ひょっとして大苦手なド早起きしなきゃいけないんじゃないかな?!」


ひょっとしたら、ひょっとした。天気予報を時間刻みで追うようになってから、どうやら早朝4-6時、夜21時―0時くらいに風が止む期間があることに気づく。それも、毎日じゃないので、その期間は逃せない。


「あっ。今日の夜9時過ぎか明日の朝5時からに風が止むらしいよ、タビビト!これは、直虎に頑張ってもらわなきゃだね…。」


ひとまず、畑小屋に行って、すぐに散布を始められるように、スフレットをセットする。


「今日は、ナイトシフトだよー直虎。今夜だけは、バッテリー上がったりしないでね…。」


+++つづく+++


*マダガスカル生まれのキリン。村のアパートの住人。

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