LCA時代のカーボンプライシングとどう戦うか?

一昨日上げた記事「真剣にヤバい日本経済の行方」に衝撃を受けた方も多かったようだ。実はこの件、筆者もだいぶ憂鬱で、じわじわと押し寄せる破滅のカウントダウンのプレッシャーで、連日重たい気持ちに支配されていた。

ひとまず、日本の未来を巡る厳しい可能性を提示し、それに関する補助線を引いたのが、一昨日の記事だったわけだが「ではどうする?」という希望へのルートは書き切れなかった。というか、あれを書いていた時点では、それが浮かばなかったのだ。

あれから2日間考えに考えて、一応の出口戦略みたいなものは出来た気がする。もちろん実現するのはカンタンなことではないけれど、八方ふさがりではなくなったことには意味があると思う。

さて、問題の本質はこういうことだ。どうもこれからグローバルなルールは、高い確率でライフサイクルアセスメント(LCA)に向かう。つまりモノづくりに関わる全ての段階で発生するCO2がそこにカウントされる。そこにカーボンプライシング(C02への罰金制度)が加わると、否応なくインフラ電源のクリーン度がその国の競争力を決める。とすれば、日本は化石燃料発電が70%と言うことで、日本のモノづくり産業は、原罪の様に大変厳しいハンデを背負わされることになる。

世の中では「日本の自動車産業もEVにシフトすれば世界で戦える」という意見が支配的だが、大量のバッテリーを搭載するEVを電源構成の悪い国で作り、相応の高額な罰金を取られたら、戦闘力はゼロに近い。バッテリーの生産には大電力を要するからだ。つまり、電源構成のハンデを背負いながら戦うしかないとすれば、可能な限り「少ない電力」で生産できる製品を作る方がまだマシな結果になる。

と言う問題を踏まえると、根本的には、日本は総力を挙げて電源のクリーン化を成し遂げ、それが達成されるまでは、EVより相対的に電力消費が少ない内燃機関車や、ハイブリッド(HV)で急場を凌ぐより道がない。EVにしたらより悲惨な結果になる以上、マシな道を選ぶのは現実的な処方箋だろう。

しかし、マシな処方箋はそもそも時間稼ぎでしかない。抜本的解決にはならない。タイムリミットを決めるのはEUが、ルールをLCAに変えるその時で、それは、スウェーデンに設立されたバッテリーメーカー「ノースボルト社」が、EUの自動車メーカー各社の調達を賄える十分な生産量に達し、安定的にローカーボンのバッテリーを供給することが条件だと思われる。

ノースボルトが成功するかどうかはまだわからないと言えばわからない。原材料調達は中国頼みで、そこはEUが中国とどう付き合って行くのかという政治のターンに多分に支配される。もう一点、スウェーデンは賃金の高い国である。かなり労働集約的要素の高いバッテリー生産を、そんな国で安価に行えるのかという問題もまた同時に発生する。しかし、欧州の全製造業の命運が掛かった状態ということを考えると、それらのハンデを前提に「多分平気だろう」と暢気に構えていられる状況とも思えないのだ。

最大のポイントは政治の部分で、中国共産党が香港やウィグルやモンゴルでやっていることを、ビジネスのために欧州が見ぬ振りをできるのかということにおそらくある。キリスト教に基づいた欧州社会は、米国の前国務長官が「ジェノサイド」とまで宣言した「人権弾圧政策」を見なかったことにできるのかどうかだ。

特にフォルクスワーゲンの舵取りは難しい。何故ならば同社がウィグルの首都ウルムチで工場を運営しているのは周知の話で、そこでは「ウィグル人による奴隷労働」が行われているのではないかという疑義がもう長らく囁かれているのだ(参照記事:「フォルクスワーゲン第二の疑獄」)。この話題が広がれば、国が国だけに必ずナチズムと結び付けられて大変なことになるだろう。中国のご機嫌を伺うということで何を失うのかは相当にシリアスな問題だと考えられるのだ。

つまり、欧州の市民社会が「EUのEV戦略の中心にいるフォルクスワーゲンの施策が、中国共産党のジェノサイドと一体である」という認識をすることがあれば、もうどうにも立ちゆかなくなる。おそらくそれが分岐点だと思う。

しかし、日本サイドに立てば、「敵失を計算に入れた戦略」は立てられない。それは戦略と呼べないのだ。なので、あくまでもLCAとカーボンプライシングは回避できないものと前提を置くしかない。

この絶望的な状況をどうするのか? そうやってウンウン唸った所で、ふと頭に浮かんだのはテスラの戦術だ。アメリカは電源構成が悪い国だ。そこでEVを作り、LCAとカーボンプライシングの時代に向けて、彼らが何をやっているかと言えば、電気の自己調達だ。もちろんクリーン電力である。逆に言えば、テスラの様な多量のバッテリーを使うクルマを、そういう規制の時代に電源構成の負け組であるアメリカで作ろうと思えば、インフラを当てにせずに自分で作るしかない。

これは日本でも使える戦術ではないか? 多分ルートは2つある。製造業が大同団結して、自分たちが製造に使う電力をテスラのように自己調達する方法。ただし、一昨日の記事に書いた通り、日本でクリーン電力の増産余地がどの程度あるかはちょっと見通しが厳しい部分はある。しかし、そう簡単に諦められる状況ではないので、本気でそれに取り組んで、少しでも改善することは求められると思う。

もうひとつは、現在、電力各社が作っているクリーン電力を、国策として製造業に優先割り当てする方法だ。例えば、九州電力は今や、条件の良い日には電力の余剰が発生するほど、クリーン電力化が進んでいる。電気には色が付いているわけではないので、九州で作られた電気が北関東で消費されたって、辻褄だけは合う。別にクリーン電力が別系統の送電網を持っているわけではない以上、全部がミックスされて送られている。どこで使おうとトータルがおかしくなければ構わない理屈になる。国内電力各社が作っているこれらのクリーン電力の総和を、国が強制的に製造業に割り当て、工場用の電力に多少割り増しのクリーン電力料を求めることで、製造業の電力をクリーンであることにする。

あるいは経産省が発表しているアンモニア燃焼による発電もここに優先投入することにすべきだろう。

そういう手法が、諸外国から認められるか認められないかは、もうわが国の政治の力に掛かっている。せっかく勝算を得たEUは当然抵抗するだろうが、ただ、これを押し通せないとすれば国が滅ぶ。各所から伝わる話では、菅総理は歴史に名を残したくてカーボンニュートラルを推進しているというが、逆にこれに失敗すれば、日本経済を滅ぼした張本人として歴史に名を残す可能性もある。そうならないためには、粉骨砕身してこの交渉に当たるしかないと筆者は考える。

もちろん、製造業への割り当て枠を満たしたところで終了ではない。引き続き電力構成のクリーン化は世界トップクラスを目指して進めるしかない。製造業以外のどんなジャンルに不利になるルールがいつ策定されるかわかったものではない以上、それを進めるしかない。

もちろん引き続き運輸部門のCO2排出量への厳しい要求は続くだろうが、素養として電力のクリーン化に不利なわが国の場合、バイオ燃料やe-fuel、燃料電池と言った他のエネルギーでの戦いも進めて行くしか無い。

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