真剣にヤバい日本経済の行方

ガソリン車廃止問題は相当深刻な状況だ。日本のメーカーの製品が100%EVだけになったとしても、その時代の環境負荷尺度がLCAだったとしたら、もう日本でモノ作りをやっていては絶対に勝てない。

その理由は、電源の化石燃料率にある。日本は現状非化石燃料は30%程度しかない。グローバルなカーボンプライシング規制が始まれば、製造時のCO2負荷で莫大な罰則税を受けるだろうから、非化石燃料比率を90%とかに上げない限り、競争に参加すらできない。そう言うルールになったら、全ての電気を使う、かつ国際的商品を作る製造業は日本を出て、電源のキレイな国へ移転するしか方法がない。

ではその時までに電源改革が間に合うのか。そういう話になれば、政治的難しさを全部ねじ伏せて原発の新規建設を大々的にやる以外に選択肢がない。ホントにできるのか?

もちろん本質的には電源の脱CO2をやらないで済む出口はない。だから何としてもやらなければならないのだけれど、「原子力は嫌だから再生可能エネルギーにしよう」という人も相当沢山いて、心情的には大変よくわかるのだけれど、この急場にそんな「できるかどうかわからない」なおかつ「コスト効率の低さだけは確実」な再生可能エネルギーに未来を託せる気がしない。時間をかけていいのならともかく、グローバルなカーボンプライシング制度ができて、日本経済崩壊のカウントダウンがゼロになるまでに間に合わせなくてはならないという現実を考えれば、嫌だけれど原発の方がマシとしか言い様がない。

しかも悪いことに、EVになるとこの状況が加速する。まずバッテリー生産は多大な電力を消費するので、LCAルールの下でバッテリー生産の話になればもう確実に電源構成が良い国の圧勝になる。逆に悪い国のハンデはさらに大きくなる。EV化とは、電源構成の差にレバレッジがかかる方向なのである。

EUは、いやもうハッキリ書いてしまおう。フォルクスワーゲンはこれを利用する気だ。EU全体としてスウェーデンに「ノースボルト」というバッテリーメーカーを立ち上げて、これで勝負を賭ける。どういう仕組みかと言えば、EUの中でもスウェーデンは電源がキレイである。そういう電源構成の国でバッテリーを作れば、EUの中では電源構成がさして自慢できないドイツでもLCAで優秀な成績が上げられる。製造時に電力負荷の高いバッテリーを電源構成のよいスウェーデンで集中生産することでフォルクスワーゲンは勝てる可能性が高まる。この戦略が立ったからEUは何としてもEV勝負に持ち込みたいのだ。

何故ならば、バッテリー容量が小さく、EVに比べて電源負荷が少ないHVは、既存のタンク to ホイールよりも、むしろLCAで評価されたときの方が相対的に評価が上がる。カンタンに言えば、EVとHVが逆転しないまでも、差が縮小する。むしろ支配的になるのは電源構成で、計算したわけではないが、電源構成が悪い国(例えば今の日本)で作ったEVと、電源構成の良い国(例えばノルウェー)で作ったHVならHVの圧勝になるはずだ。

おそらくEUは、EVを多数派にするためにタッグを組んだ中国が用済みになったら排除したい。自らの座を脅かす危険があるだからだ。そのためには、自分たちのバッテリー生産をクリーン電力で賄えるようになったらすぐ、評価方法をLCAに変えるだろう。そして原子力化が間に合わない中国のEVを突然罰金漬けにして潰そうとするつもりだと考えられる。ただし、LCAをやるとHVが息を吹き返す可能性が高い。だからとにかくこの局面で禁止にして、まずHVを除外しておいてから、中国のEVをLCAで叩きたい。

現実的にEUが策定した環境規制=CAFE規制におけるCO2削減で、圧倒的に効果を上げているのはHVだ。それは、フォルクスワーゲンにとってとても都合が悪い。数字になって明確に証明されているからこそ非常にマズいのだ。2020年規制をトヨタだけがクリアできた話(くだらない突っ込みよけは面倒だが、最初からEV専業のメーカーは当たり前だが除外して)に注目が集まって、万が一にも世論が「HVがCO2削減に暫定的にはとても有用だ」という方向に傾くと、EV以外に何もソリューションを持っていない欧州メーカーは沈むことがわかっている。もちろん2030年以降のどこかのタイミングで、本当に全世界がカーボンニュートラルに邁進することが確定すれば(それはそもそもEU自体が自分でクリアできなくて取り下げる可能性があるということで、そういうルール変更は前例の多いお家芸だ)、その前提が達成されれば、いずれどこかの時点でHVの時代は終わる。それは事実だが、日本としては電源改革が終わる前にそのタイミングが来たらもう戦いようがないのだ。

だからこそ、EUは日本を不利にできるEV戦略を立て、「EVとPHVは仲間で、対してHVはICEの仲間」という風説を広めるのに躍起になっている。そういうメーカーの都合に合わせるべく、政治が一体になってシナリオを作成して、自国に有利なルールと世論を作ろうとしているのだ。

それに欺された日本のライターが「世界の常識では電動化にHVは含まない」などと書いているが、ボルボでもフォルクスワーゲンでも構わないから、自分で英文リリースを検索して読んで見れば良い。英語の原文でははっきりと「electrification(電動化)」と「electric vehicle(EV)」は使い分けられていて、自分たちが製品化している48VマイルドハイブリッドをICEの仲間に分類しているメーカーなど1社もない。何を根拠に「世界の常識」などと言うのか? ハッキリと指摘しておくが、そういうことを書くライターは「日本の敵の味方」である。反論するならどっかの研究者とかの論説ではなく、自動車メーカー(テスラを除外する)自身が、はっきりと「HVはICEの仲間」と言っている部分のソースを提示して欲しい。こういうことをしでかすライターが、嘘の流布を支援しつつ、「日本のメーカーへの愛ゆえ」みたいな詭弁を弄するが、そんな言い訳は通用しない。やっていることは国賊だと思う。

さらに一点、実はバッテリー生産に必要な希少資源は、残念ながらほぼ中国の手中にある。なので、バッテリーの生産には中国との交渉が否応なく発生する。欧州は距離が離れていてリスクが低いのを良いことに中国を甘やかしつつ、飴として資源の供給を受けようとしている。ただし、筆者はこれをプランとして脆弱だと見ている。中国共産党はもっと面倒臭いし危険だ。おそらくこれからことある毎にEUに対して「資源絞るぞ」というカードを使うだろう。その時になって中国のリスクに気付いても遅い。とにかくいま、フォルクスワーゲンはトヨタが怖いので、HVの追い落としが最優先事項になっている。そのためにヤバい中国と手を結べばやがて後悔することになると思うのだが、目の前のことに夢中で気付かない。あるいは中国共産党をコントロールできるつもりで舐めている。

そもそもバッテリーはいずこの国にとっても両刃の剣で、設備投資は大きいし、資源供給は量的にも政治的にも微妙だし、最終的には電源構成という地の利がないと競争に勝てない。多少脆弱な部分はあれど、そこにソリューションと言えるものを作ってきたEUはそれに関しては流石だと言わざるを得ない。

日本はおそらくもう再生可能エネルギーを増やす余地があまり残っていない。ダムの予定地がない。太陽光もこれ以上山林を切り拓いてどうなのかわからないし、風力は風力で風の通り道に風車を立てるということは、大型鳥類の高速道路上に障害物を建てることになる。洋上風力は失敗したばかり。やれなくはないかもしれないが、何かを大々的に犠牲にする覚悟がいる。「地滑りより経済が大事」「鳥の命と人間の生活はどっち大事だ」みたいなこれまでと違うバランスの議論を始めなければならない。

地熱に期待する向きもあるが、日々組成が変わりながら噴出する腐食性・有毒系ガスの種類と量に対応できる設備はコストがものすごいことになるし、小型なものならともかく、大きなものを作ってマグマの近くで熱を受け止めるなどという仕組みをどうやってメインテナンスして行くのかを考えれば、相当に難しい。本来、自動車に軸足を置く筆者個人としては、周辺の話ならともかく、エネルギー問題の本丸など距離を置きたいところだが、それに触れざるを得なくなった。結局日本の国内製造業が生き残れる電源構成にするには原発の拡大以外に出口がないように思える。ここはむしろ他に方法があるなら教えて欲しい。

バッテリーの資源に関しては南鳥島付近に大量の資源が発見されており、予算が付けば日本はむしろ有利になるのだが、表面上「電動化にHVを含める」という形で手を打った振りをしつつ、実はEV一本化に向けて熱心な様子が見て取れる菅内閣は、そのくせ本当にEV化したら、確実にやってくるこの生きるか死ぬかの資源確保にちゃんと予算を付けない。EVの原価の40%はバッテリーである。これを中国から調達するとなれば、年間60兆円と言われる自動車産業の経済効果の40%=24兆円がどくどくと中国へ流出する。550万人の4割、220万人が失業ということにでもなれば日本は本当に終わりである。まあ計算がテキトー過ぎるけれど、ひとつの目安と考えて欲しい。
(※当初数値の記憶違いで「年間15兆円と言われる自動車産業の利益の40%=6兆円」と記載しておりました)

日本の自動車産業を強くするためには政府は3つの道筋を立てなくてはならない。

1. バッテリーの国産化(資源調達を含む)
2. エネルギーの脱化石燃料化(CO2回収装置含む)
3. 半導体生産の国内回帰

これらの実現なくして、わが国の経済は助からない。最低条件である。ただEVをいっぱい出せばESG投資がバカスカ国内に流れ込んで勝てるなどという小学生並みの思考では困るのだ。国が時価総額経営を奨励するなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。時価総額経営では、目先の株価を上げる選択を間違えずに続けて行くしかないし、上げ幅を維持するために諸々の判断を誤ったり、粉飾決算のインセンティブがついたり、大風呂敷勝負になったりという具合で、国家百年の計とは別の思考だ。中長期を見ずに、反射神経で企業買収を続ける様なスタイルに重要な基幹産業を持ち込もうとする思考が心底理解できない。

それこそドイツを見習え、国と製造業が一体になって、弱みをカバーし、力ずくで、相手の強みを潰す戦略を考案して実行に移している。日本の政治はそれに対抗するどころか、ドイツの側について、先方が望む通り日本の産業を窮地へ追い立てているわけだ。政治が三流とは長らく言われて来たが、ここまで落胆させられるとは思わなかった。

「自動車は日本の基幹産業だから……」の後に「ちゃんと支援して育てていきます」と繋がるのではなく「厳しくやり方に注文を付けて規制して行きます」だから困る。そもそも菅首相は、携帯各社に値下げを要求したりしたところからやり方が変だ。ユーザーの利便性が上がる様にフェアな競争が起こる枠組みを作るのではなく、まるで日本国内の企業が自分の部下ででもある様に、その産業に対して深い知見があるわけでもないのに、具体的なやり方を勝手に指示する。それは市場を歪める。

恐らく政府はこの1、2年で、上に掲げた3つの筋道も立たないまま、無策にガソリン車禁止の法制化を進めてくる。そんなバカな話は絶対阻止しなければならない。問題はそれを支えられる人材が与党にいないことだ。菅首相の後、つなぎで誰かが受けたとしても、今の流れでは次世代は小泉進次郎か河野太郎だろう。小泉環境相には素養の問題としてたぶん何をどう説明しても伝わらないと思うが、かと言って河野ワクチン相もESG投資の支持派であり、反原発である。話は通じそうに思えるとは言うものの、説得できるなら道が残るが、ダメなら自動車産業の未来が閉ざされる。というか最後の最後メーカーは日本を飛び出して、電源のキレイな国に移って生産をすれば生き残れる。死ぬのは国民だ。

ということで、まとめてみたい。EV化は進むけれど、それはそれなりにハードルが高いし、色々と都合が悪いのは、何も日本だけでなく、どこの国でも程度の差こそあれ同様だ。EVの1択1強にはおそらくならない。e-fuelやバイオ燃料などの合成燃料を使う余地は十分にあるし、それらは既存のエンジン技術をそのまま使えるという意味では、フォルクスワーゲンにとってすらそこに抗いがたい魅力がある。もっと長い未来の話で言えば燃料電池も視野にはいるだろう。目的がCO2削減である以上、多様な道があるはずだ。EV化は手段であり、手段を目的と取り違えてはいけない。ましてや準備を整える前にそういう状況に持ち込めば日本滅亡の道へと続く。

E-fuelの原料である水素に関して言えば、石油精製や製鉄の過程でできる副成水素が400万台のクルマを走らせられるほど捨てられている。多少純度が低いが燃やす方向ならさして問題ではない。純度に拘らないなら何も褐炭などの化石燃料から作る必要はないし、本当に原子力を否定して再生可能エネルギーで進むのなら、天候によって過大な発電量になった時のしわ取り用に水素はセットである。裏返せば再生可能エネルギーは水素がなければ存続できない。再生可能エネルギーを肯定しながら水素を否定するのは自己矛盾である。ただし、副成水素はともかく、高純度で燃料電池に使える水素を、しわ取りで作るのはスケジュール的にはまだ遠い未来だと思う。

ということで、目前の敵は、自分の都合でHVを何とか葬りたいフォルクスワーゲン率いるドイツ。そしてバッテリー覇権で各国の自動車産業の40%をくすねようと狙う中国共産党。この2つが主敵である。ただこの勢力に良い様に使われて「EVだ!EVだ!」と触れて回るテスラ信者も本当にうるさったい。「HVは電動化じゃない」あたりをアナウンスしてまわるあたり本当にフォルクスワーゲンに対して勤勉だと思う。何の見返りもないのに国を売る活動ご苦労様である。あの正義を語っている自信に満ちあふれた何とも言えないアムウェイ感。そして、結局のところ自分たちの得には全然ならないであろう感じ。近頃「EVは好きだけどあいつらと同類と思われるのは嫌」という声をあちこちで聞く。

さて、最後に一応この議論の根底にはどうしてもパリ協定の話は避けて通れないので、2017年に書いた記事のリンクを置いておく。

「パリ協定の真実」


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