フォルクスワーゲン第二の疑獄

さて、今回書くのはとても微妙な話である。西側の多くのメディア(と言っても筆者は英語以外は読めないが)が、フォルクスワーゲンを糾弾している。それはつまり、2015年に完成したフォルクスワーゲンのウルムチ工場において、ウィグル人が強制労働させられていると、もっとはっきり言えば奴隷として搾取されていると言う話だ。事実であればこれはディーゼルゲート事件以来の大問題になりかねない。

そもそもこの話は、2011年頃にウィグルにフォルクスワーゲンが上海汽車集団との合弁会社で工場建設計画を進めていると言われている頃から、様々な疑念を巻き起こしてきた。中国の工業都市は言うまでもなく長江と黄河の流域に点在し、大河を使った水運で原材料と製品の輸送を賄う構造になっている。

内陸も内陸、奥地であり、北京や上海までの直線距離と比べれば、カザフスタンとロシアとモンゴル国境までの方が1/10くらいと圧倒的に近い。長江にも黄河にも全くアクセスできないこんな場所に何故工場を作るのかと、計画中から訝しがられていた場所である。すでに当時から、一部の人々の間ではウィグル人の強制労働を当てにした工場なのでは無いかと、取り沙汰され始めていた。2012年にフォルクスワーゲンは計画を認めた。認めたことがニュースになるくらい。それは物議を醸していたのである。

ご存知で無い方もいらっしゃるかも知れないので、念のために書いておくと、西側諸国の共通認識としては、現在、中国共産党はウィグル人に激しい弾圧を加えていることになっている。諸説あるが、彼らの主だった主張によれば100万人ものウィグル人がテロリストと認定されて、再教育キャンプに収容されており、もっと過激な指摘をする米国議員たちは、「ウィグル人は殺されて移植用臓器として販売されている」と言う。あるいは「人体の不思議展などで展示物にされている」との説もある。にわかには信じられない話だが、実際、中国では臓器移植ツーリズムが盛んに行われており、行われている手術数と、共産党が主張する、「死刑囚の臓器だ」という説明には数の乖離がある。

ちなみに西側ではこのウィグル人に対する一連の弾圧の理由を宗教弾圧だと理解している。ウィグルの人々はムスリムであり、共産主義のかの国では宗教は認められていない。法輪功弾圧の前例にあてはめて、この説はそれなり以上に説得力がある。

大事なことだが、もちろん共産党は、ウィグル人の弾圧も、強制収容も、強制労働も臓器販売も否定している。

2012年から燻っていた問題が、にわかに炎を上げ始めたのは、もちろんアメリカが本気で中国を潰しにかかっているからだ。強制労働の情報を世界に流したのはオーストラリアの軍事シンクタンクである。いわゆるファイブアイズ組。ファイブアイズというのは英語圏、アングロサクソン系国家の諜報機関の協力協定であり、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加盟している。ここのところそこに日本が入るの入らないのというきな臭い話もでている。

という状況の中で、BBCが燃え盛る燃料を投入した。インタビュアーのアンドリュー・マーが、駐英中国大使「劉暁明」に、ウィグルで、大勢の人が、膝をつき、目隠しをされ、髪を剃られ、いずこかへと向かう列車の脇に整列させられている動画を見せて「これは何か?」と糾弾した。西側諜報機関が入手し、フェイクではないと保証しているとアンドリューは厳しく問う。

さて、ここまではあくまでも客観的に事実のみを書いてきたが、ここで少し筆者の見解を述べる。中国共産党が非人権的な行いを多々実行しているのは、ほぼ間違いない。ただし、今西側の、というよりアメリカのスタンスにはブーストが掛かっているのも事実だと思う。数年前にアメリカでブーストスイッチが入り、その結果、今となっては中国共産党が悪の権化であると決めつけられる材料は多ければ多いほど良い。なんとなればそれは全部が全部事実でなくても良いというスタンスになっている。それは大量破壊兵器の時と同じだ。

だからわれわれは少し冷静にならなくてはならないのだが、一方で国際世論はもう中国共産党は悪であり、ウィグル人は悲惨な弾圧を受けていることにアメリカとファイブアイズによって決められた。本当に事実である可能性は高いが、そうで無い可能性はもう検討しないことになった。それが何を意味するかと言えば、もう事実など意味をなさない次元に突入しているということだ。

個人的には、このファイブアイズがフォルクスワーゲンを刺しに行った行動は、ドイツへの脅しだろうと思う。いまだに「中国と明確に敵対しない」ドイツに向けたアメリカのメッセージだ。このメッセージを受け取れば、ある日ドイツは手の平を返すだろう。それはボリス・ジョンソン率いる英国が全く同じであったように。

英国はファーウェイの5Gシステムにすでに多大の投資をしてしまったので、なかなか引き返せなかった。だからジョンソン首相は「ファーウェイを併用する」と言って逃げ回っていたのだが、ファーウェイのシステムを使うのであれば米国は政治的軍事的な情報共有を拒絶すると脅され、ファーウェイ排除宣言を行った。まあ英国人の老獪さを示すのは「2027年までに」と忘れずに保険をかけていることだ、その間の旗色をみて、もう一度手の平を返すことも視野に入っていると見るべきだろう。

ということで、フォルクスワーゲンはかなりな危機の渦中にいる。同社は強制労働など絶対にないと否定しているのだが、ファイブアイズとガチで世論コントロールの総力戦になればどうやっても敵わない。実際BBCの放送を見れば、もうあそこに並べられている人がみんなフォルクスワーゲンの工場に連れて行かれるのだというストーリーに見えてしまうだろう。

そういう時になると、あのディーゼルゲートでモラルが怪しい会社だと思われたことが、今更ながらボディブローで効いてくる。企業の信頼醸成はこう言う時に物を言うのだ。


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