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【僕たちは母を介護する】-10「待機1時間」

その後、また控室に戻った。
12時が過ぎた。
予定通りなら17時過ぎには手術が終わる。
腹が減った。弟も朝から何も食べていない。
御袋も、医師たちも頑張っているが、私たちも倒れるわけにはいかない。

「何か食べようか。待っている間に俺たちが倒れたらいかん。一緒に行くと連絡があった時にまずいから、先にお前が休憩していいぞ」
看護師の人が、「終わりましたら、電話(控室にある)します」と言っていたことを思い出した。
弟は少し考えて「うん」と答えた。
「俺の車の中で休憩してもいいぞ」
狭いが車の中なら横にもなれる。
「うん、そうするよ」
そう言って、弟は車の鍵を受け取った。


弟が部屋を出て、私はスマホを眺めていた。
LINEやメールのやりとりを私はやらない。
スマホは情報収集とゲームや漫画をみるだけのツールだ。
いくつかアプリを開いたがすぐに画面を消した。

テーブルの上に病院のパンフレットがある。
パンフレットを開くと改めて大きな病院だなと感じた。
私はこの病院に受診したことはないが、よその大きな病院に受診したことはある。
風邪などで受診したときに通される診察室とは、全く感じが違う。
日曜日で受診にくる患者さんが一人もいないせいか、静かすぎる空間が寂しい気持ちにもなる。

ふいに扉が開き、弟が入ってきた。
「早いじゃないか。もういいのか?」
出て行って10分程度しかたっていない。
「タバコだけ吸ってきた」
「何か食べなくていいのか?コンビニもあっただろう」
「食欲がない。兄貴も行っていいよ」
気落ちしているのだろう。しかし弟は私と違って身体が大きいし、仕事柄、体は鍛えられている。無理に食べさせるのこともないだろうと判断した。
「わかった、ちょっと行ってくるわ。何かあったら電話してくれ」
「わかった」
私は部屋を出てコンビニに向かった。

20分ほど休憩したあと、控室に戻った。
12時40分を過ぎようとしていた。
「まだ来てないな」
私は、三男が到着していないことを聞いた。
「まだだな」
弟もそれだけ答えた。
「あの時、救急車を呼んでいれば・・」
弟が消え入るような声でつぶやいた。
「もっと優しく声をかけてやればよかった・・」
弟の性格から容易に昨晩の様子がうかがえた。
多分、御袋にきつく言ったのだろう。
しかし、そのことで弟を責める気にはならなかった。
私は実家に住んでいない。御袋も昨日まではおおむね健康で、仕事も家事もこなしていた。
ものの言い方や態度は別にして、二人で協力して生活していたことは事実である。
「わからないが、俺も正確な判断はできなかったかもしれない。そんなに気にするな。それに御袋も治るために頑張っていると思う。先生たちは頑張ってくれている。元気になることを考えよう」
私はゆっくりと言葉を選びながら、弟に伝えた。

13時になった。
(一時間か・・・)
心の中でそう呟いた。
すると扉が静かに開いた。
手術着らしい服を着た人が部屋に入ってきた。
さきほど説明を受けていた先生だった。
着ているものが違うので、一瞬分からなかった。


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