年が明けたということで

2024年になりました。
元旦から地震が起き、信心深くない日本人がこぞって祈りを捧げる稀な日に、大きな災害があったことはどんな神様の思召でしょうか。
意味深ではありますが意味はわからないのでなんとも言えませんが、もっと自然の脅威や恩恵に感謝をする慎ましさを持つべきなんじゃないかな、と思ったりしています。

いまあるものに感謝したり、もったいないことのないよう省エネな生活を心がける。そういう地球を守っていくという気持ちも天理教の信仰には欠かせないと思うので、この一年はそういう考え方で暮らしていきたいです。

さて、昨年は布教に没頭した一年でした。生まれてこのかた天理教ですが、天理教の布教をしたことは初めてで、布教っていったいどうやればいいのってところから始まりました。
拙いながらも「天理教です」と話しかけ、気付けばたくさんの方々と出会いました。

事故や病気で動くのもままならない人、医者にさじを投げられた人、精神病棟に何十年も入っている人など、ご病気を抱えられた方。
「若いのにえらいね」とほめてくださる方もいれば「そんなことせずに働け」と説教される方もありました。
天理教に興味を抱いて話しかけてくださる人もいたし、気味悪がって避けられる人もいました。


宗教というベールを着ただけで、見られ方がぜんぜん違うことにものすごく驚きました。
同じ人間で同じ国に生まれ同じ時代に生きているので、天理教の人とそうでない人との差はほとんどないと思います。天理教と明かさなければ余裕で友達になれます。

たった1枚の宗教の壁が人によってはものすごく分厚くて、その壁を乗り越えて天理教に歩み寄ってくれる人は一万人に一人くらい。それくらい布教って本当難しかった、っていうのがこの一年の率直な感想です。
 

その壁は時代のせいもあるだろうし、いろんな事件のせいもあると思います。けれど、やっぱり天理教全体の努力不足という点にスポットを当てる方が自分ごととして考えやすい気がします。
天理教を信仰するすべての人が、ちょっとだけおやさまのような振る舞いをする。
そうすれば、宗教の壁なんて別になくね?みたいな風潮になっていかないかなとなんとなく妄想しています。

あと、去年一年を振り返って思ったことは、
天理教を舐めすぎていたなってことです。
名古屋で布教する前は京都の教会に住み込んでいましたが、けっこう偉そうにしていました。

頭の悪いやつや働きの鈍いやつは年上だろうが目の敵にしていたし、天理教って民度低いなって一括りに見下していました。でも、名古屋へきて、狭い価値観でしか天理教をみていなかったなと気付かされました。

一切働かずに布教だけで生きている人たちがいて、かといって生活に困窮しているわけでもなく楽しそうに生きている。こんな人達がいることに衝撃を受けました。
布教なんて上手くいくわけないと思っていたけど、天才みたいなやつらがいてどんどん新しい人をおぢばに連れて行っています。

また、雨不足の国に行って雨降らしましたって話も聞いたし、病気が治りましたって話も聞いたし、そんな奇跡みたいな出来事があるんですかと、耳を疑いたくなる話を耳にタコができるほど聞きました。
天理教の信仰者にもすごい人がいるし、神様のお働きも信じられないくらいすごい。そういう天理教の素晴らしさを体感できたのも2023年の良かったことかと思います。


じゃあ、今年はどんな一年にしようかというところですが、まず一大イベントであるパートナーとの結婚が控えています。
これは絶対にします。どうぞ祝ってください、よろしくお願いします。

信仰的にどうなろうかと考えたときに、強迫観念から脱出したいなって思っています。天理教って戒律のような「〜してはいけない」というものはありません。法律に準じていればそれでいいのですが、どうもぼくは「信仰者とはこうあるべき」みたいな硬い考え方に囚われがちです。

今までの人生経験や教育から形成したものだと思うんですが、理想的な姿から逸脱してしまうと自己嫌悪に陥ります。
自己嫌悪感がものすごく苦しくて、そうならないために完璧な自分であろうとするけれど、長くは続かなくて落ち込むみたいなことを繰り返してきました。
今年一年は「心は自由だよ」っていう神様の教えにどっぷり浸かって、「やりたい」とか「なりたい」とかそういう感情を大切に暮らしていきたいと思います。

今年やりたいことリスト100というものを作りました(実際40個ぐらいしかでてこなかったんですけど…)。達成に向けて楽しみつつ頑張りたいと思います。

皆さんも良い一年にしてください。
最後まで読んでくださった方、
ありがとうございます。

この記事を最後まで読んでいただきありがとうございました。皆さんの時間に少しでも僕が関われたことが大変嬉しいです。次回の投稿もがんばりますので、よろしければ応援を。