あの日の舞台で食べたポッキー #文脈メシ妄想選手権

もうすぐ、幕が上がる。

関東の田舎町のホールで毎年行われる演劇部の夏の大会。年に一度の大舞台も、高校三年の私にとっては今年が最後だ。

日差しは強く緑を照らして、まるで舞台の照明みたいだ。そんな外の暑さを遮るようにホールの裏手、楽屋側の空気はひんやりとした空気に包まれている。私たちの出番は、最初。トップバッター。

本当は舞台監督と演出なのだけれど、部員が少なくて今年は少しだけ役者もやっている。主人公の妹役だ。活発で、元気がよくて明るい。緊張の色は誰よりも見せてはいけないキャラクター。

緊張を解そうと楽屋で談笑する部員たちから離れて、一人袖の椅子に腰を下ろした。

舞台の木のにおいがする。

袖は薄暗く、暗幕や用具の少し埃っぽい匂いと、木の匂いが混ざった特有の匂いがある。私はこの匂いが好きだった。

 

「先輩、もう袖にいるんですか」

声をかけてきたのは主役を演じる、二年生だ。愛称はマイク。女の子だけどマイク。

「忘れてましたよ、これ」

彼女は赤い箱を私に手渡した。作中で妹が姉である主人公に「食べる?」と差し出すお菓子。ポッキー。どうやら楽屋に置いたままになっていたようだ。

「ありがとう」

受け取るとマイクは隣に腰かけた。

「緊張してる?」

先輩らしく問いかけると、少し、と苦笑いで返した。

「マイクは大丈夫だよ。いっぱい稽古したし。」

「ありがとうございます」

舞台袖でこうして言葉を交わすのも、全部今日が最後だ。

「あ、じゃあ1本だけ食べちゃう?」

おもむろに箱を開け、封を切る。自分のことは棚に上げて、後輩の緊張を解いてやろうなんて寸法。

「え、いいんですか?」

「良いの良いの。最初から箱は空いてる設定じゃん。2本くらいわかんないって」

ごみは小さく丸めてポケットに詰め込んだ。

「スタッフさんには内緒ね。ほんとは飲食ダメだからさ。」

はい、と今度は私が彼女に1本取り出して手渡す。受け取るために指先が触れた時に彼女の瞳が揺れるのがわかった。

「…先輩は、覚えてないかもしれないですけど。」

「ん?」

きっとマイクも思ってくれてるんだ。これが最後だって。

「私が演劇部に見学に来た時も、先輩は私に言ったんです。ポッキー食べる?って。」

「そうだっけ。」

「私、演劇部入って良かったって思います。」

「…私も、演劇部入って良かったと思うよ。」

一口齧ると、香ばしいクッキーと甘いチョコの丸い風味が広がった。

楽屋の方から、元気のいい後輩の笑い声と先生が注意する声が聞こえる。

「公演、頑張ろうね。」

「はい」

舞台の匂いがする。ポッキーとのマリアージュは、どうやらイマイチらしい。

だけどあの日、あの時しか味わえなかった内緒の味がした。

 

 

 

 

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マリナ油森さんの企画「 #文脈メシ妄想選手権 」に参加しています。

「あの日の舞台で食べたポッキー」です。

えー…SSではありません。

実話です。脚色は多少してますが。

後輩とは付き合ってないですし、告白されたわけでもないのですが。

「…先輩は、覚えてないかもしれないですけど。」

「私が演劇部に見学に来た時も、先輩は私に言ったんです。ポッキー食べる?って。」

ってセリフは僕史上トップクラスに「百合っぽい」ドラマチックさがあったセリフだったので書いてみました笑

未だにポッキーが好きでよく食べます。ゲームをしながらとか、時にはお酒と一緒にとか。

でもあの日袖で食べたポッキーは、違う味に感じたんですよね。

実話もアリっぽいので実話で書いたんですが、これだと妄想じゃないな!?

もしかけそうなら完全妄想版も書きます!笑

  

  

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