それでも、踊る阿呆を観たいかも〜『イカゲーム』〜
※タイトルの写真は特に関係ありません。
『イカゲーム』が世界中で受け入れられている理由として語られているように、この作品は今や世界中が共感できる資本主義社会における一つの現実を鮮やかに描き出している。韓国という国を舞台に、勝者だけが巨大な富を得られる世界的に共感できる社会の歪みが皮肉られているのだ。主人公ソン・ギフン(イ・ジョンジェ)もまたその社会の中で落ちるところまで落ちた一人である。
この主人公に筆者は『男はつらいよ』で渥美清演じるフーテンの寅の姿を重ねて観ていた。 家族に憧れ、家族を心から愛しながらも、そこに居続ける勇気を持たない、不思議と性別を問わず他者から愛される人物。寅は、旅館で出会った客、飲み屋でおごった老人、義弟の父といった通常発展するはずのない相手と独特の深い関係性を築く一方、 家族という居場所を持つことはできない。観客はそんな寅に対して「ばかだなぁ」という歯痒さと、深い共感を同時に抱く。
筆者は終始、この主人公が「ただ大切な人と居る」という選択を見逃す度に寅に対して抱くのと同じ感情を重ねていた。主人公は一貫して、一か八かの大勝負の舞台となると賭けるほうを選ぶ。母親の病気が悪化した時、彼は最後に母のそばに寄り添う選択肢を捨て、残酷なデスゲームへの参加を選んだ。この傾向はゲームの最中からラストシーンに至るまで見受けられる。第一話の競馬場でのシーンによって彼が大穴狙いのギャンブル依存の傾向があることが説明されているため、観客は「普通こんな選択はしない」とも言わず、ただ彼の賭けを見守ることしかできない。(余談だが賭けずにはおられない、心優しい男の物語としては『カスリコ』監督:高瀨將嗣 が印象深い)
大切な人のためにすべきことを避けて行動してしまう弱さと、縁を感じた他者との間に家族に近い深い関係性を築くという性質がこの二人の主人公に通じる共通点だ。そして、おそらく多くの人間にとって後悔と共に自覚されている弱さでもあり、良心でもあり、それが人々に愛される主人公の共通点なのではないかとも感じた。
他者との間に生まれる深い関係性が単なる本人の性質的なものには限らず、死の存在を介在にしたものであることには触れておきたい。主人公ソン・ギフンは自動車メーカーのドラゴンモータースで行われたストライキに参加し同僚を見張り中に亡くした経験がある。この経験と重なるように、ゲームの参加中に他の参加者による夜襲から身を守るため2人1組で見張りを行い、その間に身の上話をし信頼関係を構築していく場面が登場する。これらの場面は戦争に参加した兵士の物語を観ているようであった。戦地から戻った一部の兵士にとって、日常世界は居場所のない世界へと変貌する。(参考:「戦場を生き延びた兵士は、なぜアメリカで壊れるのか」)死を間近に感じる状況を共有した者同士は、家族にも近い深い関係性を得ていた。だからこそ、その上での裏切りは見る者に衝撃を与える。
主人公が自分の「賭けずにはいられない」性質に無自覚である一方、もう一人、強くこの性質を持った人物が登場する。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」とは日本全国で知られる囃子言葉で徳島阿波踊りの出だしであるが、まさにこれを体現したかのようなこの主要人物は、参加者の誰よりも自分の死を自身にとって最良のものに演出し、演じ切ることに成功している。
役者が役を演じるということは映画やドラマで当然のことであるが、この人物を演じる役者はおそらく、例えそれが客観的にみて事実ではなかったとしても、その都度真実として演じていたのであろう。だから観客は翻弄され、何が真実なのかを見抜くことは不可能となり、それが作品の魅力となっている。このからくりにはナ・ホンジン監督による『コクソン』を彷彿とさせるものがあった。(この作品では恐らく「真実」が設定されておらず、登場人物がそれぞれ本当のことを言いながら、皆んな嘘をついている、という現実ではあり得ない世界が作られており、映画でしか体験できない感覚に陥ることが可能となっている)
筆者にとってこのドラマ最大の魅力は、登場人物の最後の瞬間にその人物が心の奥底で望んでいた人生が、彼自身が最善の死を自ら演じることによって垣間見えるところにあった。そのために、それぞれが死に向かっていくかのように物語はかなり都合よく進んでいくが、その違和感も感じさせないほど一人一人の死の瞬間に現れる本質的な人間描写は鮮やかである。
「この人はこういう人だ」とその人物について語られるのが死後であることが多いのは現実の世界で私たちがよく知っていることだが、デスゲームという舞台にそれを生かす力があることを知ったのは驚きであった。続編でも主人公には生き続けてもらい理不尽な世界を築いた組織の正体を暴いて欲しいという願望を持ちつつも、彼が望んでいる人生とは一体何なのか、その決着を観たいと無邪気に期待もしている自分がいる。
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