見出し画像

Life log

大阪生まれ/東京在住
仕事:WEBディレクター/SNSマーケター/PR
趣味:映画鑑賞、写真、ヴィンテージカメラ収集、料理とコーヒー
好きな食べ物:カオマンガイ
嫌いな食べ物:牛乳

---------

小さい頃の夢はなんだったろうか。


はっきりと覚えていることがあるとすれば、僕は「スティーヴン・スピルバーグ」に憧れていた。

 「ジュラシック・パーク」は何度も観た。初めて観たのは小学4年生くらいだった。どしんどしんと鳴り響く恐竜の足音が、コップの水面に浮かび上がる波紋で表現されるあのシーンに痺れたことを覚えている。アニメや漫画、バラエティ番組、僕が知る他の何よりも、あの人の映画はカッコ良かったのだ。
 小さい頃は活字を読んでいると秒で眠くなる特異体質だったこともあって、視覚で楽しめる映画や写真が大好きだった。毎週地上波で放送される映画が楽しみで、小学生の時は「映画監督になりたい」なんて思っていた時期もあった。

 でも小学生のコミュニティなんてのは、とにかく「男の子は運動神経いい人がカッコいい」の世界。周りを気にしてばかりだった僕は、映画が好きだなんて友達に言うことは一度もなかった。小さなコミュニティでちっぽけなモテたい欲求に従ってあまり自分のことを話さなかった。そんな状態で気がつけば中学生になり、そのままなんとなく運動部に入ったのだった。

 時が流れて大学生になった僕は、映画がきっかけで海外のカルチャー全般に興味をもち、国際系の学科がある4年生大学に入るのだった。結局、他に好きなものなんてなかったから、そこまでの熱意がないまま消去法で進学したようなもの。
 大学では、「ノンバーバル(非言語)のコミュニケーション」、つまり視覚的な表現物(映画・写真・彫刻・空間美術等)を中心に勉強して、短編映画の自主製作なんかもやっていた。
 それは、それは、もう楽しい大学生活だった。今思えば親の金で吞気なもんだったと猛反省な事案なのだけど、当時は根拠のない自信しかなくて「これから先も何も問題ない。なんとかうまくやっていける。」と、まるで自分のすべてを神頼みするかのような精神で過ごしていた。本当に呆れる。

 そこそこの成績でまじめに単位をとった僕は、モラトリアムに頭まで浸かっていた大学生活とおさらばして、都内の広告会社に入社する。小さな頃から好きだった映画会社には結局選ばなかったのだ。

 ずっと好きだったこと「映画」を扱う企業を選ばなかった理由は2つある。1つは、大手の映画会社は採用人数が少なく倍率がとんでもない超難関であったことに最初から諦めてしまっていたから。2つめは、業界成長率や給与の問題に不安があったから。

 当たり前のことだけど、「給料」というのは自分の身をどこに置くかで決まる。先進国での働くのと、発展途上国で働くのでは、同じ仕事内容でもまったく対価が違うのと同じで、結局は場所なのである。
 そんな冷めきった現実的目線で就職を考えていた自分は、インターネットを主戦場としたデジタル専門の広告会社に入社したのだ。2014年、日本のインターネットの広告費はテレビのそれを上回る勢いだったのだ。

 入社できたのは単純に運が良かったのだと思う。学生時代に勉強していた広告関連のことが少し役立ったかもしれないけど、面接官にとっては所詮は学生の浅い知識にしか聞こえなかっただろう。

 伸び盛りの業界に入れたことで「これから全部うまくいくだろう」と謎の自信に溢れて浮足立っていた自分。何処から来てたのだろう、あの自信は。

初社会人、初会社員、オフィスは銀座。
慣れないスーツに身を包んだ僕は、東京での生活を始めたのだった。



<to be continued…>




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?