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ROIC(投下資本利益率)完全解説:企業価値向上の鍵を握る指標

ROICとは

ROIC(Return On Invested Capital)は、日本語では「投下資本利益率」と呼ばれます。企業が事業に投下した資本に対して、どれだけの利益を生み出しているかを示す指標です。

ROICは企業の資産運用効率を測る指標として広く使われており、投資家や経営者が企業の収益性を評価する際に重要な役割を果たします。特に近年、資本コストを意識した経営が求められる中で、ROEよりも資本構成の影響を受けにくい優れた指標として注目を集めています。

ROICの計算方法

ROICの基本的な計算式は以下の通りです:ROIC(%)= NOPAT(税引後営業利益) ÷ 投下資本 × 100

NOPATの計算

NOPATは「Net Operating Profit After Tax」の略で、日本語では「税引後営業利益」と訳されます。計算式は以下の通りです
NOPAT = 営業利益 ×(1 - 実効税率)

例えば、営業利益が1億円、実効税率が32%の場合:
NOPAT = 1億円 ×(1 - 0.32) = 6,800万円

投下資本の計算

投下資本の計算方法には主に2つのアプローチがあります:

  1. 資金調達サイド(貸借対照表の貸方)
    投下資本 = 有利子負債 + 株主資本

  2. 資金運用サイド(貸借対照表の借方)
    投下資本 = 運転資本 + 固定資産
    =(売上債権 + 棚卸資産 - 仕入債務)+ 固定資産

一般的には資金調達サイドの計算方法が用いられることが多いです。例えば、有利子負債が3億円、株主資本が1億円の場合:
投下資本 = 3億円 + 1億円 = 4億円

ROICの計算例

上記の例を用いてROICを計算すると
ROIC = 6,800万円 ÷ 4億円 × 100 = 17%

ROICの解釈と目安

ROICの値が高いほど、企業が資産を効率的に活用して利益を生み出していると評価されます。一般的に、ROICが7%以上であれば、資産を効率的に利用して利益を生んでいる優良企業とされることが多いです。

ただし、適正なROICの水準は業種によって大きく異なります。例えば:

  • 製造業など大規模な設備投資が必要な業種では、ROICは相対的に低くなる傾向があります。

  • IT産業など設備投資があまり必要ない業種では、ROICは高くなりやすいです。

したがって、ROICを評価する際は、同業他社との比較や、その企業の過去の推移を見ることが重要です。

ROICを用いた経営分析

ROICを用いて企業の経営状況を分析する際、以下のような点に注目します:

  1. 収益性:ROICが高いほど、企業の収益性が高いと判断できます。

  2. 資産効率:ROICの上昇は、総資産回転率の向上(資産の効率的な活用)や売上高利益率の改善(コスト削減や高付加価値化)によってもたらされます。

  3. 成長性:ROICの推移を見ることで、企業の成長性を評価できます。継続的にROICが上昇している企業は、持続的な成長が期待できます。

  4. 投資効果:新規投資や設備投資の効果を評価する際にも、ROICの変化を見ることが有効です。

ROICとROEの違い

ROICと並んでよく使われる指標に、ROE(Return On Equity、自己資本利益率)があります。両者の主な違いは以下の通りです:

  1. 計算式の分母:

    • ROIC:投下資本(自己資本+有利子負債)

    • ROE:自己資本

  2. 評価対象:

    • ROIC:企業の総合的な収益性

    • ROE:株主にとっての投資効率

  3. 比較の適性:

    • ROIC:同業種間の比較に適している

    • ROE:異業種間の比較にも使える

ROICは企業全体の資産運用効率を示すのに対し、ROEは株主の視点から見た収益性を示します。両指標を併用することで、より多角的な企業分析が可能になります。

ROICを向上させる方法

企業がROICを向上させるには、主に以下の方法があります:

  1. 利益の増加:

    • 売上高の増加

    • 原価や経費の削減によるコスト効率の改善

    • 高付加価値製品・サービスの開発

  2. 投下資本の効率化:

    • 遊休資産の売却

    • 在庫の適正化

    • 売掛金回収の迅速化

    • 設備投資の効率化

  3. 総資産回転率の向上:

    • 既存資産の有効活用

    • 生産性の向上

  4. 新規事業への投資:

    • 成長性の高い分野への戦略的投資

これらの施策を適切に組み合わせることで、ROICの向上を図ることができます。

ROIC経営

ROIC経営とは、ROICを主軸に経営管理を行う手法のことを指します。従来は、営業利益率等の損益中心の指標が経営管理に多く利用されていましたが、ROIC経営を導入することで、運転資本(在庫や売掛金等現金になる前の事業用資産)の削減や固定資産の有効活用に焦点が当たるようになりました。

ROIC経営の実践例として、オムロン株式会社が開発した「ROIC逆ツリー展開」があります。これは、ROICを各部門ごとのKPI(重要業績評価指標)に分解することで、現場レベルでのROIC向上を図るシステムです。

ROICを用いた分析の注意点

ROICは有用な指標ですが、以下のような点に注意して使用する必要があります:

  1. 業種による差異:ROICの適正水準は業種によって大きく異なるため、異業種間の単純比較は適切ではありません。

  2. 短期的な変動:設備投資直後などは一時的にROICが低下することがあるため、中長期的な視点で評価することが重要です。

  3. 会計方針の影響:減価償却方法や資産の評価方法によってROICが変動する可能性があります。

  4. 総合的な分析の必要性:ROICだけでなく、他の財務指標や定性的な情報も併せて分析することが重要です。

  5. 成長段階の考慮:ベンチャー企業など成長段階の企業では、先行投資によってROICが一時的に低くなることがあります。

  6. 現場での理解の難しさ:ROICは有利子負債等の馴染みのない用語が出てくるため、現場に浸透しづらいというデメリットがあります。

ROIC経営の失敗例と対策

ROIC経営を導入しても、適切に運用できていない企業も見受けられます。以下は、ROIC経営の失敗例とその対策です:

  1. 事業ステージに応じたマネジメントをしていない:
    対策:事業の成長段階に応じて適切な指標を選択する。

  2. 事業単位の設定が適切ではない:
    対策:適切な事業単位を設定し、それぞれの特性に応じたマネジメントを行う。

  3. 「率」だけで「額(面積)」の管理をしていない:
    対策:ROICの「率」だけでなく、利益の「額」も考慮したマネジメントを行う。

  4. ROIC管理と現場の活動が乖離している:
    対策:ROICを現場の活動やKPIとリンクさせ、具体的な改善活動につなげる。

まとめ

ROIC(投下資本利益率)は、企業の総合的な収益性と効率性を測る重要な指標です。企業の資産運用効率を評価し、経営状態を分析する上で欠かせないツールとなっています。

ただし、ROICを適切に解釈するためには、業種特性や企業の成長段階、他の財務指標との関連性など、多角的な視点が必要です。投資家や経営者は、ROICを含む様々な指標を総合的に分析することで、より深い企業理解につなげることができるでしょう。

企業の持続的な成長と価値創造を目指す上で、ROICの向上は重要な経営課題の一つとなります。効率的な資産運用と収益性の改善を通じて、企業は競争力を高め、株主や社会に対してより大きな価値を提供することができるのです。

今後、日本企業がグローバル競争で勝ち抜くためには、ROICを含む資本効率性指標を意識した経営が不可欠となるでしょう。企業は単にROICを目標として掲げるだけでなく、それを現場の活動に落とし込み、継続的な改善を図ることが求められます。

そうすることで、真の意味でのROIC経営が実現し、持続的な企業価値の向上につながるのです。

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