見出し画像

『なおみの名がついたベゴニア。帰らぬ父が遺したもの。』



私が幼い頃、父は家に帰って来なかった。

『子供の科学』で有名な
誠文堂新光社という出版社に勤め、
園芸雑誌『ガーデンライフ』の編集長をしていた父。

今もネットで『植村猶行』を検索すると
父が作った園芸関係の本が沢山出てくる。

イギリスのキューガーデンから
南米や中国の雲南省まで
美しいものから珍しいものまで
多種多様なベゴニアを探して
世界中を取材して飛び回っていた。

日本にいても、
夜遅くまで園芸雑誌の編集や
ベゴニア・椿を特集した雑誌の新企画など
仕事に没頭し続けた人生だった。

私や姉の学校のイベント
運動会や文化祭、授業参観などは
来なくて当たり前。
ディズニーランドに行く約束も
父が天国へ行ってしまうまで
一度も守られたことはなかった。

その上、
温室が家にあるため、
花の水やりのために
2日以上の旅行には行けない。

『パパは仕事で忙しいから…
 パパは凄い人なの。』
そんな時、いつも母は父を庇った。

しかし…
小学校の頃、文化祭で手塚治虫さんや
高校の文化祭に田中邦衛さんが
学校に来ているのに遭遇するたび
「いやいやいやいや…
 めっちゃ忙しそうなお父さんも
 子供のために学校に来てるよねー。」
と悲しく思ったものだった。



とは言え、
珍しく父が家にいる時は、
ベゴニアの新しい品種をシャーレの中で作りながら…或いは、新しい株の植え替えをしながら…
植物のことを沢山教えて貰った。

父との思い出は
いつも植物を通したものだった。

『なおみ君。
 ベゴニアの葉は片想いなんだよ。
 左右対称ではなく、
 いつも片方だけ大きくなる。
 ハート型に見える葉っぱもあるんだよ。』

一緒に散歩をしていても…
『なおみ君、この花の名前、知ってる?
 ソリダゴ・アルティッシマ。
 セイタカアワダチソウとも呼ばれてるんだ。』

『なおみ君。
 桜の開花宣言はなんで出来るか知ってる?
 ソメイヨシノが一つの株から出来てる、
 クローンだからだよ。
 みんな同じDNAを持っていて
 同じ条件で開花するから、
 気温の上昇に合わせ開花前線が出来るんだ。
 そもそも、ソメイヨシノは
 江戸彼岸と大島桜の交配種で…』




そんな父からの唯一の贈り物。
それは、父がイタリアの花博で発表した
新しい品種のベゴニアである。

その新品種に
『NAOMI』と言う名がつけられたのだ。

父が逝った後も…
世界中で咲き続ける
私の名がついたベゴニア。



ベゴニアと言う花は
驚くほど地球上の色々なところで咲いている。

ヨーロッパの家々の庭やベランダ…
南米の山々…

原種はオーストラリア大陸を除いた
ほぼ世界中の熱帯・亜熱帯地域に分布している。




飛行機を乗り継いで行った先で
ベゴニアに出会うことも少なくない。

行く先々で
父が私を待ってくれている。

もうすぐ5月。
ベゴニアの花が咲き始めた。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?