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アーユルベーダ治療の効果を維持 激ムズ

アーユルベーダ治療にインドへ行き、関節の痛みが70パーセントはひいて、すたすた歩ける、手も指も関節が動き力も入り料理までできるようになって帰ってきた!子供たちのお弁当も作れるし、髪を編んであげることもできて嬉しい。普段無口で有名な夫も、友人が家に来て「奥さんどうよ?」 と聞かれると「まるで違う。何にもできなかったのが、何でもできるようになっている」と、こんな長い説明して言うからには、外から見ても本当に体が良くなっていていたのが明らかで、嬉しかった。おまけに帰国後すぐの血液検査ではなんとびっくりCRP(炎症の数値)は1/10まで下がり、ドイツ人の医者たちも驚愕の事実に驚き、「アーユルベーダ。。。おおお」に敬意を払うほど。実際、アーユルベーダはドイツのリウマチ科では認知度が高く、私の住む地域からそう遠くないEssenのホスピタルにはアーユルベーダ医師をインドから指導医として招き、アーユルベーダ治療をドイツ人医師に直伝しているところもある。ここではマッサージなども受けられるそうだが、何しろホスピタルなので、予約はとり難い。
アーユルベーダに出会い、私もこれは新しい道が開けた、と喜び、帰国後も現地のクッキングクラスで習ったようにアーユルベーダのファータ食を毎日作り、食事と睡眠に気を付け、瞑想を日々心掛けてこの健康の維持に努めたのだが。。。。
しかし、、、、
残念ながら1か月後に痛みが復活してしまった。しかも、ちょっとづつ、あれ今日は肩が?今日は膝が?今日は指が。。。とかではなくて、
ドカーンと、全身激痛で、ベットから這い上がるみたいな状態に。なんてこった。

2か月もほぼ痛みがなく心地よい生活を送ってしまったために、痛みなしー痛み強のふり幅が広すぎて、痛みに苦しみ、そして不安になっていく。以前のこの痛みと不便な生活を忘れていた自分にもびっくり、そしてなぜーって悲しくなる。

何故、炎症がぶり返したのでしょう。
いまだから少し冷静になって考察できました。汗(先月は泣いて暴れてと、いきなりドカーンと来た昨年春みたいに不安になっていましたが)。

考察1 季節。ケララから帰国したドイツの季節が悪かった。カンカン照りのケララから、マイナス10度の漆黒の闇のドイツへ帰国。アーユルベーダの医師が、リウマチには悪いからと熱いケララでさえ、プールに足を付けてはいけない、エアコンは必ず切り、靴下をはくようにと指示していた。それが、マイナス10度で雪降っているドイツへ帰国ですもん。寒さに一気にやられ、関節が油を刺していないブリキみたいにギギギと妙な感覚で動かない。そして、この冬の闇。ドイツの12月の日照時間って40時間余りで、朝晩は闇。朝8時に子供立ちを小学校、幼稚園へ送り出す時間はまだ月が輝く漆黒の闇。日中も日陰ができない薄暗い時間が過ぎるだけ。そして私は毎年この時期は決まって鬱っぽくなる。ドイツに来てから10年、ずっと冬季鬱に悩まされている。だから、この気候にギンギラの30度のケララから戻ってきたときは嫌な予感がしました。これは鬱っぽくになるかも。。。 はい、当たり!鬱になりました。しかも体が痛くて不安が増したので普段よりひどい鬱です。
インドへ行く前の10月は、アーユルベーダの医師は、「ドイツの冬は長く厳しくてリウマチの痛みが増すから、早くこいこい!」とインドへの出発をせかして、帰国してこの気候のギャップにやられることは言っていなかったよー。そりゃドイツの冬を避けて4か月インドに居たいけれど、どこぞのセレブでもない一主婦がインドのリトリートに4か月も冬を過ごしに行くなんてできるわけないと思っていたし。

丁寧に作られたお食事を1日3回いただくんですから、有難い。

考察2 自分にとことん愛情を向ける時間は現実には取りにくいっていうこと。
アーユルベーダ治療で受けたような日々を日常でキープすることは難しい。オイルトリートメントを毎日うけて、食事を提供してもらい、ヨガや瞑想の時間が取れて、夜はゆっくり本を読む、仲間と語り合う、笑う、歌う。まさに自分の為だけの愛の時間、それはなかなか日常では維持することは難しい。インドでの治療中は、気持ちい、嬉しい、楽しい、ありがとう、感謝してます、あー幸せ。この気持ちが常に自分から湧き上がっていた。そして、治療院のスタッフもニコニコ、にやにや、くすくす、いつも周りに笑顔があふれていて、こちらも笑顔になってしまう。
あれはパラダイスだった。
パラダイスは普段の生活では維持できない。
なんでこんな簡単なことも分からなかったのだろう。それほど藁にもすがる思いで、飛び出したのだ。


天国のように気持ちいオイルマッサージは素っ裸なので写真掲載NGですが、こんな感じでハーブ巻きもあり、体中ずっとオイルハーブの発酵漬物になったみたいだった。

参ったことに、インド滞在であまりに元気になり、身体を動かしてその心地よさ、心身の開放感を感じてしまった私は、この度の関節炎と冬季鬱ですっかりボロボロのぼろ雑巾のようにやられてしまいました。これは予想外。

せっかく子供3人家において、治療へ行かせてもらったのに維持できなかったことへの罪悪感と、自分の身体への怒り。2024年は元気になって、子供たちのお世話もできて、子供たちの成長をまじかで見るんだっていう熱い願いがあったのに、もうだめか、、とくじけてしまって。
「今日元気であることを喜び、明日、また体調が悪くなっていてもそれもまた喜ぶ」という言葉をヨガの先生からいただいてきたのに、、、。その時は胸を熱くして感動したのは、この痛みがなかったから余裕があったのだ。24時間の痛みと過ごすとなると、そこまで高いレベルに私の意識はまったく追い付かないし、それどころか「この痛みでどうやって今を喜ぶのよ?!」というところに来ていることに気づいた。

このドイツの暗さ寒さは本当に嫌い、もう逃げ出したい。家族と一緒に居たいけれど、自分を大切にするなら、ここに住むのはどうなんだろう?笑顔になれないじぶんが辛い。寒い。死にたい。助けてー。

むむ?「死にたいっ」
そう、死にたいって気持ちが頭をもたげはじめたら、これは自分は弱っているサインと、カウンセラーに教えてもらったことを思い出した。そうだ! ぐじぐじしてられない。自分ヘルプのサインだ。ここはカウンセラーの力を借りよう、とカウンセラーと連絡を取る。今は、カウンセリングもオンラインでできるので、テクノロジー様に感謝。

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