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「白い花びら」
❁⃘*.゚「白い花びら」
窓を開け、手酌しながら見上げる夜空に、三日月が静かに浮かんでいる。机の上の一輪挿しで、白菊が冷たい風に震える。畳に人差し指で、好いた男の名前を書く。
正月のこと、給湯器に故障の表示が出た。こんな寒い季節に湯が出ないと、風呂に入れず、近くの銭湯へ通う羽目になってしまう。急いでガス屋さんに電話をする。
「あのう、給湯器に故障の事らしい数字が表示されました」
「ああ。まだお湯は出ますか?」
「出ますが、とても心配だわ」
「急ぐ必要はないでしょう」
「でも、急にお湯が出なくなったら困りますわ。どうしたらよろしいかしら」
「点検してみないと分かりませんが…汚れが溜まっているのかもしれません」
「だから、どうしたらよいの?」
「部品交換が必要になるかも?費用がかかりますよ」
「ちなみに、工賃込みでおいくらでしょう?」
「う〜ん。大まかで良いですか」
「ええ。構いません。そのままにするわけにはまいりませんでしょう?」
「そうですね。そのままにしておくと、いずれ給湯器が使えなくなります」
「あら困るわ。ガス屋さん、部品を交換した方が良いのですか?」
「そうですねぇ。しかし…」
「しかし?」
「メーカーに部品の在庫があるかなぁ。確認してみないと分かりません」
「急いで確認して下さいますか?」
「はいはい。解りました。では工事をするのですね?日にちはいつがご希望ですか」
私はできるだけ早く、部品を取り替えて欲しくなった。出費は痛いが、背に腹はかえられない。営業の人はのんびりしていたが、私が部品交換したいと分かった途端、待っていましたとでも言うようだった。さっさとメーカーさんに連絡して、直ぐに工事の手配をした。じらすのも、営業の手口なのだろうか?
まるで男女の駆け引きみたいだった。
しかし男女の恋愛には、「故障です」という表示が出ない。互いの心の機微から、相手の情報を得るしか方法はない。気がつけば、もうとっくに、男の気持ちは、違う人に向いていたりする。駆け引きをする暇など無いかもしれない。
好いた男に嫌われないよう、男が、新鮮な想いを持ち続けてくれるよう、日頃から、気にかけてゆかなければならない。素のままの自分ばかりを、見せるわけにはいかない。男は直ぐに、新しいもの、綺麗なものに心奪われてしまう。
身震いがした。どうやら、酔いの回った身体に、冬の寒さが染み渡り、すっかり熱を奪われていたようだ。月見酒も、そろそろ終わりにしよう。居住まいを正し、窓を閉め、ふと机に目をやると、白菊の花びらが、儚く散っていた。まるで、自分の未来を、予言するようだ。
私は台所に行き、花瓶から、新しい白菊を一輪手に取って眺めた。水切りして、寝間の机の上に、そっと生けよう。開きかかった蕾は、また、新しい表情を見せる。一眠りして起きた私も、別の私を、男に魅せよう。何色にも染まろう。男の好きな色に、染めてもらおう。
#創作大賞2023 #エッセイ部門
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