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安くて旨い。

父の日が近づくと、5年前に亡くなった
父に思いが馳せる。酒飲みだったから、
毎年日本酒を送っていたのだった。毎日
夕方になると、いそいそと酒のつまみを用意して、
水戸黄門の再放送を観ながら、5合の酒を酌んでいた。
貧しい家庭に生まれ育ったから、贅沢ができない性分だった。
2リットル800円の紙パックの日本酒を、レンジでチンしては
旨そうに飲んでいた。いちど、実家へ出向いたときに
飲ませてもらったことがある。
・・・これを日本酒と言っていいものか。
この味を5合も飲めるのは、すごいことだなあと
感心したのを覚えている。父が亡くなったときに、
未開封のその酒が5本残っていた。母に、
お父さんの形見だから、あんた飲んじゃいなさいと
言われたときは、これは修行ですかの気分になった。
我慢して毎晩1合だけ飲んで、あとは料理に使ったり、
風呂にどぼどぼ入れたり、なんとか使い切った。
せめて父の日には、もっとうまい酒を飲んでもらいたいと、
大吟醸なんぞを贈っても、もったいながっていつまでも
飲まない。めでたい正月に封を切ったときには、
すっかり味が劣化しているありさまだった。それから、
地元の銘柄の普通酒の一升瓶を贈るようにしたら、
よほど嬉しそうな顔をされたのも、
懐かしいことだった。
馴染みの酒屋の峯村くんから、ときどき
商品の案内のラインが届く。
純米酒や純米吟醸酒などに混ざって、
このたびは珍しく、信州新町のお蔵さん、
尾澤さんの、美寿々錦の普通酒も推してきた。
一升税込み1870円。
爽やかな甘さと心地よい酸の味で、欠点のない、
晩酌に最適な一本という。
安くて旨いに越したことはない。
早速取り寄せてみたのだった。
日本酒の味を覚えたころは、たいした稼ぎも
ないくせに、
上等な銘柄ばかりを酌んでいた。
折りよく長野市内に、県外の旨い地酒を扱う酒屋が
出始めていた頃だった。
あれから40年近くが過ぎ、もう日々の暮らしに
肩ひじ張るような欲もない。酒もまたしかりで、
晩酌は、ゆるい気分でのんびり酌める、
手ごろなやつが好い。さいわい、
安くても旨い味を醸してくれる
お蔵さんも増えて、
毎晩そんな銘柄を楽しんでいる。
久しぶりの美寿々錦の普通酒は、冷やでも燗でも
すいすいいける、飲みやすい旨さだった。
晩酌の常連に加えたいことだった。

父の日や安い酒でも喜ばれ。

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