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お別れに。

善光寺門前に暮している。この頃町内でつづけて
御不幸があった。長らく自転車屋を営んでいた
かたがいた。子供の頃から見知ったかたで、いつも店先で
自転車やバイクの修理をしていた。手先の器用なかたで、
仕事のないときは、大きな凧を自作の絵を描いて作ったり、
毎年、年明けのどんど焼きを神社の境内でやるときに、木を
組み立ててだるまを突きさす土台を作ったり、
秋祭りのときに、婦人部のみんなが作る焼きそばの屋台を
作ったり、町のためにあれこれ準備をしてくれた。
こちらが二十代のときに、バイクブームがあった。
気になるバイクがあったので、買おうかどうしようか相談
したら、初めて買うならもっと性能のおとなしいやつが
いいと指南されて、ホンダのおとなしいのを買った覚えが
ある。小柄な人で、長い髪をうしろに結んだ容姿は、
年が経ってもぜんぜん変わらず、ときどき近所の人と、
おさむちゃんっていったい今いくつなのと、不思議がる
ときがあった。
何年か前に体調を崩して、それを境に、急に老け込んで
しまった。歩いている姿を見かけると、
調子良くないのかなと心配になる衰えようだった。
しばらくしたら商売もやめてしまった。
県外に住んでいる身内のかたが、ある日、いくら電話を
かけても出ないから、不審に思って、隣の食堂のおばさんに
様子を見てきてくれと頼んだ。おばさんがうかがったら、
部屋の中ですでに息を引き取っていたのだった。葬儀は
身内だけで済ませたらしく、町内には何の通知も届かなかった。
自宅の目と鼻の先に老舗の蕎麦屋がある。御家族で営んでいて、
連日観光客で賑わっている。夜になると、蕎麦類だけでなく、
いろいろな一品料理も出してくれるから、近所の坊さん連中や
酒徒のかたの憩いの場になっている。この店の若奥さんが、
亡くなってしまったのだった。客あしらいの良いかたで、
どんなに忙しいときでも、にこにことこちらの注文に応じて
くれる。少し以前から、やせたんじゃないか、髪が明らかに
カツラだよなと、体調の異変が気になるようになった。
ある朝店の前を通ったら、三日間休業しますと貼り紙が出ていた。
もしかしたらといやな予感がよぎったら、当たってしまったの
だった。去年五十六歳。さえちゃん早すぎるよ。
次の日の夕方、通夜の席にお参りにうかがったら、普段着で
いつもの笑顔の遺影が飾ってあった。安らかに眠ってください。
御家族を見守ってください。手を合わせた。
日を置いて、店におじゃました。豊賀と本老いの松と十九、
気に入りの日本酒を酌んで、さえちゃん、ありがとよ。
しみじみ献杯をしたことだった。

普段着の遺影眺める春の夕。

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