見出し画像

同級生と。

この夏、仕事が暇なときにパソコンを開いて、
甲子園の高校野球を観ていた。グラウンドを駆け巡る
選手はもちろんのこと、スタンドの仲間たちの応援する姿も
目を引かれ、観るたびに子供たちの健気さが伝わって来て、
胸が熱くなるのだった。子供たちのこういう姿を観ていると、
我が身の子供時代を思い出してしまうときがある。
高校を受験した当時、たまたま父が長野県の教育関係の
仕事をしていた。おかげで、合格発表の日を待たずに、
早々と合格したことがわかったのだった。
そして、受験の時の成績が上から十六番目だったという。
大勢の受験者の中の十六番目で、愚息の優秀ぶりに
喜んでいる父を見ながら、不安な気持ちで合格発表の日を
待っている同級生たちに、後ろめたい気持ちになったのを
覚えている。
そんな我が身も、学問に精を出していたのは中学生まで。
高校に入った途端、勉強への意欲がぱたりと途絶えた。
三年間、ずっと成績は低空飛行のままで、学年でも
下から数えた方が早い位置まで落ちていた。勉強も運動も
気力の続かない子供だった。
そんな柄のまま歳だけ重ねて、こんなジジイになって
しまった。
お盆休みの初日、高校の同級生たちとの宴があった。
何人かの同級生と、半年に一度くらいに宴を開いている。
このたびはそれに加えて、何十年ぶりに再会する同級生が
四人見えられたのだった。子供の頃の面影を残している
かたもいれば、はて?あなた様はだれだっけと風貌の
変わったかたもいる。それでも同級生というものは、
会えばすぐに打ち解ける。
順番にそれぞれの近況を聞いていくと、皆、きちんと
家庭を築いていた。子供を育て上げたかた、
まだ子供にお金がかかっているかた、大きな会社の役職に
ついたかたや、市政の重職を担ったかたに自ら会社を立ち
上げたかた、欲張らずに出世を望まないまま仕事をして
きたかた、それぞれの歳の重ねかたをしてきたのだった。
同級生は四十八人。
ずいぶんと会っていないかたたちばかりで、
どうしていることかと、順番に顔を思い出しては話題に
上がる。
次回の宴は正月に。消息のわかるかたには声をかけようと
相成った。
みんなと別れた帰路、宴の余韻を感じていたら、切なく温かく
鼻の奥がつんとした。
同級生、好いもんじゃないか。
あの頃は、まるで気がつかなかったけれど、好い仲間に
囲まれていたことだった。

夏の夜や友の余韻の家路かな。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?