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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(18)

 僕の番がまわってきた。それまでの何人かにならって名前、出身高校、好きな作家、趣味等あたりさわりのない自己紹介を行う。
「ああ君、課題提出してないよね。早く出して。じゃ次の人」
早口で言い捨てられた。一瞬何を言われたのかわからず視線の先の黒板の一点を見つめてしまった。よろしくの一言もねえ。先制パンチを食らったのがわかると、めまいを起こしそうになった。僕はぽつんと立ったまま取り残されるところだったが、次の人・Mが勢いよく立ち上がり、無駄に大きな声で例によって名前、出身高校、好きな作家、趣味、このゼミに入室するにあたっての意気込みなどをよどみなくしゃべってくれたので、僕のことなど誰も気にしていないようだった。
 僕は卒業できるんだろうか。このゼミからは逃げられない。

 矢萩講師の情報を集めるのもかねてPたちと飲んだ。Pは吉祥寺にあるいきつけの居酒屋を指定してきた。UとYもそれぞれ遅れて参加した。就職セミナーが長引いたとか、OB訪問があるだとかいって。最近のUとYはのっぴきならない表情をみせる。僕がこれまで親しんできた顔ではもはやない。一方、Pはいつだって変わらない。彼も就活をしているはずだが、そんなことはおくびにもださず、ポーカーフェイスを決めこむつもりらしい。
 「まじめに課題を提出することだな」
 彼らの助言は直球である上に、だからこそ僕にとって一番耳の痛いものであった。だが無理もない。何しろ矢萩さんの情報は少ないのである。授業やゼミを持つのは今年がほとんど初めてだから、Pたちだって彼の人となりや評価のつけ方を知るはずもない。僕は居酒屋の入り口から入り込んでくるすきま風にまともにさらされ、ぶるると震えた。それがまるで武者震いであるようで、自分で苦笑いした。笑ってる場合じゃないのに。

 そんなことよりさあ、という前置きが少々気に障ったが、Pは先日の飲み会の成果を聞きたがった。UとYは証券会社のおねえさんにかかりっきりで、あのあと3人で店を変えて飲みなおし、連絡先を交換しあい、2,3回メールしたらしい。Uは長い付き合いの彼女がすでにいる。Yのほうがどちらかというと興味があるみたいだ。Pはデパート勤務といつのまにかふたりでいなくなっていたが、何も起こらずにその日は終わり、翌日、聞いた番号にかけてみると、人妻専門デリバリーヘルスにつながった、というオチであった。

 お前はどうしたんだよ、と看護婦との仲を聞かれて少しぼんやりした。そういえば、そんなこともあったな。悪くはなかった。むしろ好みの雰囲気の子であったのだが、僕はあのときすでに飲み過ぎていた。僕は看護婦に下ネタばかり話し、彼女は機嫌よく聞いてくれた。ふたりとも日本酒だか焼酎だか泡盛だかわからない透明の液体を飲み、酔っ払った。彼女は僕をヘンタイだと思ってるだろう、と言うとPはそんなこたあねえよ、そのあと持って帰ったくせに、と詰めよる。僕はそれはしていない、飲みすぎて自分のことで精一杯だったから、おとなしくタクシーで帰った、そう言ってもPは信じてくれない。

 いやそうじゃない、いやそうにきまってる、この応酬が妙につぼにはまってしまい、笑いが止まらなくなった。Pはますます疑い、詰問は子供のおねだりのようになった。というかそんなことどうでもいいじゃんという気持ちになり、Pの顔におしぼりを投げつけたら、黙った。Pは動きをとめてうつむき、手元のおしぼりに目をやっていた。しばらくして、おしぼりから視線をそらさずにつぶやいた。
 「彼女にふられた」
 Pには高校時代からつづく彼女がいた。それを聞いて、皆が無言でぐったりとしている間に、Pが鼻をすすり始めたので、UとYと僕はあわててPの飲んでいたビールを代わりに飲み干し、焼酎を頼んでやった。酒盗とよばれる塩辛も。それを早くいえよ、Uが言い、僕は看護婦の携帯番号をPの携帯に送ってやった。

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