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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(2)

 自宅近くの各駅停車しかとまらない駅から新宿まで電車で15分程度かかる。私鉄車両はある一定の間隔でがたん、がたんと音を立てて揺れ、ドア横に立つ客を傾かせている。車内は平日の昼間だから人がまばらだ。窓の外には、線路沿いにアジサイの植木がある。この季節には葉しかないが、梅雨のころには青やピンクのアジサイが雨に濡れてきれいなのを僕は知っている。今日は3限目の授業だけ出ればよいから、午後までは時間がある。終点新宿へ着くまでに手帳をぱらぱらめくってみた。何かごちゃごちゃ書いてある。人生は、とか、大学生活は、とか、友達が、とか。自分で書いておきながら、内容をほとんど忘れてしまっている。気分なんてそんなもんなんだ、いくらそのとき強く思ったって、すぐに忘れてしまうんだ。そのかけら、というか、かす、あるいはくず、と言ってもいいようなものだけど、それがこの手帳にある。
 

 この駅は混雑しているのが普通だった。終着駅に降りたとたん、空気の濃度が変わったのがわかる。時々、空気をまずく感じることがある。18年間、新宿からも今通う大学からも遠く離れた自然豊かな場所で生まれ育ったから、空気と水のまずさにあぜんとしてしまうのだ。そう感じる自分を田舎者であると思わないところが田舎者のゆえんだろうか、と最近考えるようになった。ダンボールに囲まれた人たちのにおい、駅改札のすぐ横にあるコーヒーショップからただようモカの香り、駅構内の遠くの方で何かわめきちらしている中年の声、ジーンズのミニスカートから竹ざおみたいな長い足をだして闊歩する女の子のヒールの音、これらみながいっぺんに混ざりあって僕の五感を奮い立たせる。ほどよい緊張感とともに突然訪れる尿意。早く行かなくては。JR新宿駅につながる駅ビルを2階へ上がり、目的の場所に向かう。

 天井の低い空間に、洋服やアクセサリーやバッグや靴がたくさんある。レディースショップというのは雑然としてきらきらしていて、所狭しとモノが並んでいる。その一番奥、フロアの端っこにひょこんと現れるのがこの喫茶店だ。間口は狭いが奥行きばかりがある。新宿東口の駅前広場に面した窓に沿って細長いカウンターがあり、その背後にまた細長いテーブルがひとつすえられ、椅子とソファがまわりにしつらえられている。こげ茶色の皮のスツールのカウンター席、木目調のテーブル、オレンジ色で統一された照明が何の主張も感じさせないのがいい。洋風でもなく和風でもなく、さびれた喫茶店の特徴をいくつももったこの店を僕はよく使っていた。自宅から大学への乗り換え駅でもあるし、混んでいることが少なく、ソファで何時間読書しようが、レポート課題を書こうが、何も構われないのが気に入っていた。お好きな席へどうぞ、と促されて席を物色しながら、かばんの中に手帳があるかもう一度確認した。僕はよく身の回りのものを落とす。たとえば財布とか。

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