なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(16)
「それで、大学のほうはどうだ?卒業できそうなのか。うちへもどる気はあるのか」
いきなり本題である。母が早いわよそんな話、とたしなめる間にビールの大瓶と冷えて曇った小さなグラスが3つ運ばれてきた。この食事の場において早いのか、まだ2年生だから早いという意味なのか、母の言葉ははかりかねた。だがいずれにせよ、僕の答えは決まっていた。卒業はするつもりだし、就職は東京でということだ。それを父にどうやってうまく説明しようかと、ビールを注ぎながら思案中のところに、お前、東京で就職する気だろ、とまたいきなり言われて手元が狂いそうになった。
「やっぱり。顔に書いてあるぞ」
僕は違うよとも言えず黙りこくった。母は「東京で就職希望」という事実を受け止める心の準備ができていないのか、あるいは単に沈黙を埋めたいのか、僕の新品のシャツをほめ始めた。これいいじゃない、仕立てがいいわよ、顔映りがいいわよ、あんたセンスいいわね、ガールフレンドにでも見立ててもらったの、等々。やっぱりシャツを購入しておいてよかったと思いつつ、実家は兄が継いでいるからいいじゃないか、とのど元まで出かかったが、そんなこと言っても無駄なのである。兄が家業を継いだことは周知の事実だし、それを踏まえて、田舎に帰れと言いたいのだ。
意味がわからないのである。
「じゃあ何か、お前、東京でやってく自信があるんだな。やりたい仕事があるってことだな。じゃあそれを聞かせてもらおうじゃないか」
父は僕の言い分を待つことなく自分のペースで話を進めた。ビールをすすりながらゆっくりと。こっちでサラリーマンになりたいなんて言えやしない。最近はそれほどではないにしろ、なまじ自営業で儲けた経験のある親父は勤め人を小馬鹿にするのが好きだった。やれ雇われ稼業だの、やれ収入に限りがあるだのと小うるさい。僕はいきおい余って、言ってしまった。
「もの書きになりたいんだ。だから、こっちでもう少し修行したいんだ、こっちならいろんな経験ができるし、いろんな人に出会える。コネも作れる。だから」
息継ぎをするのを忘れていて、全部言ってしまったあとにはあはあと息が切れた。白いテーブルクロスの上に置かれたからしのびんのふたが外されたままになっていて、黄色いねりものがまわりの白から浮き上がっていた。その鮮やかさに目を奪われたまま、それを見つめたまま、僕は父に言い放った。父はまず驚いて一瞬目を見開いたあと、息子の初志貫徹的な振舞いに満足したわけでは到底ないだろうが、無言で目を細めて窓の外の人通りを見やっていた。そして、
「お前にできるわけがないだろう」
ビールを一瓶飲み干してしまってから、突如父の反論は開始された。東京ってとこはなあ、と始まり、もの書きなんてもんはなあ、とつづき、だからお前には向いてない、田舎に帰るのが真っ当な道だと結論した。途中、どう聞いても酔っ払いのたわごとにしか聞こえないくだりも多かったが、というかそんなものばっかりだったが、なんだか親の言うことには真実味があるように感じるのである。僕にとって正しいことは親にしか言えないような気すら、してくるのである。
父と僕の押し問答はしばらくつづいた。といっても父の発言ばかりが多かったけれども。僕に今言えることは「もの書きになりたい」という希望一点だけで、ほかに理路整然と説明できることは、ほとんど無かった。
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