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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(25)

   僕は封筒を握りしめ、窓のほうを向いて遠のく山を目で追った。実家の自分の部屋からも見えた山々を探そうとして、もう見つけられなかった。僕は新しい生活をはじめる。そこには希望しか見て取れない。とりあえず今より落ちることは、ないんだと根拠なく思っている。流れる眼下には黄色く色あせた田畑がいくつもいくつも連なっている。あのときのお金を、何に使ったのか覚えていない。たぶんすぐに財布に入れて、生活費に消えたのだと思う。
  あの日電車から身を乗り出すようにして振り返った山や畑を、よく覚えている。色も、形も、質感も、においも。疾走する電車が起こす風になぎ倒されて傾いている枯れ草も。

  部屋にひとつしかないローテーブルの上に月明かりが反射して、窓わくの模様をそのままに落としている。僕は月が満月であることを確認して、こんなに明るい月があるのかとしばらく見入った。それからテーブルに取り残されたままのグラスの中身を飲み干し、同じくテーブルに置きっぱなしのノート型パソコンの電源を静かに入れた。「創作演習 課題」と題された文書を開き、タイトルを入力する。次行に学籍番号、氏名とつづけ、3行1マス空けて第一行目を書きつけた。
キーボードをたたく音に交じって、道路にこすれるタイヤが鳴くのが聞こえてくる。車の流れる音をうるさく感じていたら、雨が降っていた。窓についた雨粒の一滴一滴が光っている。Pは濡れずに家に着いただろうか。これ以上濡れてもらいたくはないのだ。

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