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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(23)

 今度もまたカップルがいないかどうか、確認しながら視線を流していたところに、Pらしき姿が映った。おう、いたかとそこへ行こうと僕がベンチを立ったあたりで、Pも立ち上がり、普通の速さで階段を下りて池のほうへ向かっている。魚か亀を見つけて近寄ってるのかと思ったが、そのうち階段と池の境界線をやすやすと乗りこえてしまい、ついに気前よくじゃぼじゃぼとズボンのすそを濡らしていった。リクルートスーツ姿でだ。あっ、と僕が声を上げる間にPはひざまでつかり、ももまでつかっていく。

 ああ、おーい、おーい、と叫びながら、もちろんすぐに着きなどしないのだが、走りに走って池へ急いだ。だが走りながらよく見ると、Pは腰まで水に浸かったところで立ち尽くしている。その間に僕は池のほとりに到着し、何してんだよ、どうしたんだよ、とPを呼んだ。彼は僕に気づき、ゆっくりとこちらへ引き返してきた。ざぼん、ざぼんと乱暴に水を蹴り上げながら。
 

 聞けば、単純な話だった。
 僕は半身びっしょりになっているPを自分の部屋に連れこんだ。一時間以上かかるが、それ以外に行くところはない。やっと自宅にたどり着き、Pがシャワーを浴びてる間にコンビニで缶ビールとチーかまとサラミときゅうり、それとP用のトランクスを買い、テーブルに並べた。部屋にはこのローテーブルひとつしか机はない。僕はPのために新しいタオルとジャージ一式をそろえてやり、テレビをつけて待った。夕方の報道番組が特集を組んでいる。

 何気なく見ていた画面に、学生起業家と紹介されて見覚えのある顔が出ていた。ハラダだった。軽い驚きのあと冷静にそれを見ていると、彼はまだ学籍はあるらしい。だが授業に出ている姿はまったく出ておらず、スーツを着て得意先をまわるところとか、自室でパソコンとにらめっこしているところなどが映し出されている。指定農家の野菜を、インターネットを通じて産直で売る事業を展開したいらしい。農家との契約が難航しながらも進んでいく様子が伝えられている。
 

 「こいつこんなことしてたんだなあ」
 ほぼ同時に同じ言葉を発していた。いつのまにかPが後ろで髪をタオルで拭きながら立っている。ハラダは「くろねこ」にも一時期出入りしていたから、Pも知るところである。それで、どうなのそっちは?と水を向けると、ぼちぼち、と返してくる。僕たちはとりあえずビールを開けて乾杯し、Pはこのところの絶望っぷりを語りだした。まずは、すでに前回の飲み会の際に聞いたことだったが、高校時代からつづいていた彼女に「捨てられた」話を再度やり、就職活動を始めるのが遅れたことに焦りを感じ、大学内の就職課が配る適職探しのための自己分析シートに何も書くことができず、就職セミナーでは周囲の学生がやたらと優秀に見え、面接でも始まろうもんならどう答えていいかわからない、と嘆く。

 おまけに最近虫歯が痛くてしょうがないらしい。そして池だ。頭を冷やそうと思ったんだ、という間の抜けた理由にあきれたが、これまでつるんできて時には先生として、時には兄として、また親友として僕に畏敬の念を抱かせたPに、何でなんだ、という鋭いいらだちを感じずにはいられなかった。こんなこと、軽々と乗り越えてくれる約束じゃなかったのか?何をとまどっているんだ?Pは、サラミをどんどん食べた。ビールがすすんだのは当然である。

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