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物語「ピンク色の包み紙」を投稿しました

短い物語「ピンク色の包み紙」を投稿しました。よかったら読んでください。

ピンク色の包み紙

ああ面倒くさい、腰が重く痛い。
なんでこんなときに人のプレゼント買いに行かなきゃいけないんだ。
わたしは重い足取りで歩き、雑貨屋に行き、そして何を選んで良いかわからず、腰から下が体にフィットしていなく数センチずれているような感覚がして、ふらふらしている。

店の中、咳をしている子どもにびくっとしてしまう。なんだよ、たかが咳じゃないか。たかが。
ほんの数年前までは、気にもしなかったじゃない。
でもいまは、ほんの数年前じゃない。
こんなときに、
「今度一緒にケーキ食べよう」
なんて言ってきたユキナについて考えていた。
彼女は、その「ほんの数年前」に結婚して会社を辞めて、いまは3歳の男の子を子育て中だ。
運が良いよね。パンデミックの前に華やかな結婚式もできて、子どもも産んで。
彼女は自分の作った小物をネットで売って、お小遣いも稼いでいるとかなんとか。
このパンデミックの中、彼女には2年以上会ってない。

ユキナが突然、数日前にメッセージを送ってきたのだ。
「今度、ダンナが有給とって子ども見ていてくれるっていうから、ケーキ食べようよ。感染症対策がちゃんとしているお店だよ」

約束した日が彼女の誕生日の二日前だったことに気づいたのが、昨日だった。

そして今日、春の午後、実に良い天気の中わたしは雑貨屋にいるのだ。
なにがケーキだ。
あんたがわたしに感染症をうつすっていう可能性もあるんだよ。ほんとうにもう。

「でもわたし怖いですよお、感染症」
と、同じ課の後輩の女性が首を振りながら言っていた声を思い出す。
わたしにとっては高すぎて、まわりの男性に「うわ、守ってあげたい」と思わせたいんだろう?
計算高いねえ、と思わせる媚び声だ。
「怖いですよ」、じゃなくて「怖いですよお」、だよ?最後の”お”が余計だろうよ。

「じゃあ、家に引きこもってれば良いんじゃない?あなたがいなくたって、会社はそれほど困らないからね」
そう言ってやった。

そのあとで、上司が何か言いたげにわたしの席のそばに来たのがわかった。
あの女、言いつけたのかしら。
でも上司に何か言われたら、わたしは言い返してやろうと思った。
「みなさん、前向きにいきましょうね」が口癖のこの上司は、わたしが強く言えば三歩下がる事なかれ主義の人間だ。
怖い女とか言われるの、わたし慣れてるし。

結局、上司は何も言わずにどこかへ行った。

だれも、わたしを守ってくれないし、わかってくれない。

ユキナだって誕生日の近くだとわかっていてわたしを誘ったのかもしれない。
プレゼントを持っていかなかったら、彼女はダンナに言うのだろう。自分のために有給をとってくれた素敵なダンナに。
「彼女、最近余裕がない感じよね。普通、誕生日の近くだってわかったらプレゼントくれない?そういう風に思いやりがないから、未だに独身なんだね」
って、言うのだろう。

いや、言わないか。
わたしは首をふる。

やめよう、誰かを悪人にするのは。
あなたもういい大人なんだから、そういうのやめなさい。
ユキナは良い人だ。だから同じく良い人であるダンナに愛されたのだ。

息を吸って息を吐く。
雑貨屋店内の、思わずスキップしたくなるような軽やかなBGMに耳を傾ける。
後輩の女性にひどいことを言う前に、会社にもこのBGMが流れていたらなあ。
なんて、思ってもどうしようもないことを、思う。

近くには二人組の女性たちが、誰かへのプレゼントであろういまレジで包んでもらったスモーキーなピンクの包み紙を手にとって、笑いながらなにか喋っていた。

いい色だな、とわたしは思った。
春の花の色だ。
ふと、ぼおっと人様の包み紙を見ている自分に気づき、馬鹿みたいなことを、と自分をたしなめる。
あの若い二人に、変なおばさんと思われたらどうするんだ。

でも、あの包みが、わたしのためにプレゼントされたら、中身がなんであれ嬉しくなるな。

そうだ、わたし、ああいうピンク色が好きだったんだな。
あの包み紙を見ていると、古い小さな映画館で、これから始まる映画を楽しみに待っているみたいな気持ちになった。なぜだろう。

ぎっぎっという少し古い椅子の音。
しゅうしゅうという暖房機の音。

ああそうだ。
わたし、恋愛映画が好きだったんだ。新しいものも、古いものも。
どちらかというと、淡々とした、それほど嵐の起きないストーリーのものが好きだったなあ。

ユキナも恋愛映画が好きだった。
そもそも、ユキナが、
「この映画一緒に見ない?」
と、古く小さな映画館に誘ってくれたのが、わたしが恋愛映画に夢中になったきっかけだった。

あのあと、彼女に恋人ができて、わたしはなんとなくユキナに会わなくなったなあ。
そしてわたしは、なんとなく映画自体を見なくなった。

かつて、いろいろな映画を見たんだ。
白黒の映画もカラーの映画もあった。
スモーキーなピンクのワンピースを着ている主役の女性もいた。
ああ、あれはなんていう映画だったかな。
タイトルが記憶の中に戻ってこないけれど、ピンクのワンピースが膝ちょっと下の丈だったことは覚えていた。
そう、いろいろあって、恋人と別れそうになりながら最後は結ばれるストーリーだ。
そんなに突飛なことも起こらない、彼女の両親も妹も友達も悪い人ではなく良い人で、彼女自身も良い人で、彼が自分の妹と浮気したと勘違いしたりしたけれど、誤解だったと理解するとかなんとか。
妹思いのお姉さんで、”あなたが彼の新しい恋人になるならわたしは身をひくわ”、で、カフェでコーヒーを飲みながら窓の外の景色がにじんでいく。
そして、
”なんだか白くまになった気分だわ”、
と彼女がつぶやくのだけれど、はて、なんで彼女は白くまになった気分になったんだっけ。
あの台詞、何の意味があったのかなあ。
覚えてない。
あれは面白い台詞だったなあ。
話の展開は「よくある話十選」の三番目くらいに載っていそうなものだった。
でも、わたしだってよくある話の中で生きているのだ。

あのスモーキーなピンク色。
フィルムの画質のせいだったのかなあ。ほんとうにそんな色だったかなあ。

ふと、そういえば今日歩いてきた道の空は、とてもはっきりとくっきりと青かったことを思い出した。

雲ひとつなかったよ。

ユキナに会ったら話そうかな。
今日は空がとても青かったよって。

ユキナは、どんな模様が好きだったかな。
そうだ、彼女は大きな花模様が好きだった。

わたしの後輩の女性はとても優秀だ。
彼女が辞めれば会社はそれなりに困るだろう。
でも、わたしが辞めたら会社は同じくらい困ってくれるだろうか?

わたしの心は、子どもだ。両親の関心を集める妹に嫉妬する幼い姉だ。
顔に醜いしわが増えていく、子どもだ。

古い大木のようなどっしりとした棚の中に、赤い大きな花模様。
華やかな化粧ポーチを、わたしは見つけた。
これをプレゼントにしようかな。 

わたしはひどいことを思い、そして後輩には実際にひどいことを言ってしまった。
でも、やはり後輩のことは大嫌いだ。
自分がみじめになるくらい、大嫌いだ。
彼女は、わたしからはすでに剥がれ落ちた宝石をまだ瞳の中で輝かせている。
そして大嫌いの気持ちが、わたしの後悔を天動説の海の底に押し流していく。

それでも思うのだ。
こんな醜い自分でも思ってしまうのだ。
このポーチ、ユキナが喜んでくれるといいな、と。
ユキナが笑ってくれるといいな、と。

笑ってくれると、いいな。

*****終わり*****

読んでくださってありがとうございました。

誰かへのプレゼント選ぶ時ってすごい迷います。これを買おう、と決めて行っても「いや、これで良いんだっけ」と迷います。でも楽しいよね、プレゼント選び。

今回の見出し画像はこんな感じ

Once in the spring

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