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物語「ども、チョコレートです」を投稿しました

明日はバレンタインデーということで、「ども、チョコレートです」という短いお話を投稿しました。3000文字くらいです。

「ども、チョコレートです」

「ども、チョコレートです」
と、包み紙の下から声がした。

わたしは、白地にピンクの英語筆記体なのか古代世界の文字なのかよくわからない文字たちでデコレーションされた包み紙を、しげしげと見つめた。
先ほど、デパートで買ったばかりのチョコレートを包む紙だった。

で?
今なんて?
チョコレートです?
誰が?

「俺です。俺、俺。俺がチョコレートなの」
声はやはり、チョコレートの包み紙の下から聞こえる。

「ほんとにあなたはチョコレートなの?だって包み紙の下にはAIとかが入っていて、それが自動再生されているのかもしれないじゃない?」
と、わたしは聞いてみた。
「そういうのAIって言わないんじゃない?定義間違ってるよ。あんたAIがなんなのかわかってないだろう?」
包み紙の下から声がした。
わたしもよく考えてみたら、AIなどわからなかった。AIってなんだっけ?

「いやとにかくね、俺はチョコレートなんだよね」
と、その声は再び言った。
「わかったわ、わたしは人を信じるのが主義なの。だからあなたのことも信じる」
正確には「人」ではなく、「チョコレート(自称)」のことを、わたしは信じることにした。

「俺は、高級デパートでしか売らない外国製チョコレートなんだ。まあいろいろあって、チョコレートとして生まれ育ったんだ」
「ねえ、あなたの姿を見てみたいから、包み紙を取ってみて良いかしら」
「良いわけないだろ、この女なに言ってんだよ」
チョコレート(自称)は、声を荒げた。
「人の服を脱がせてよいかって聞いてるのと一緒だろそれ。俺は海外の老舗ブランドの高級チョコレートなんだよ。デパートでもそう言って売ってただろ」
「でもなんで日本語しゃべってるの?海外生まれなんでしょう?」
と、わたしは持って当然の疑問を口にした。
チョコレート(自称)は、しばらく沈黙してから低い声で言う。
「説明が難しいんだよな、でもまあ、あんたが理解できるようにレベルを数段階落として簡単に説明してやる」
「ありがとう」
「あんたの心に向かって心で話してるから、言葉とか関係ないんだよね。”うんこしたい”、と俺が思ったら、あんたの心にはうんこのイメージが浮かんで、そのあとに、あんたの頭がうんこのイメージを日本語に訳す感じ、わかる?」
どうしてよりにもよってチョコレートがうんこの話をしてるんだ。でもなんとなく理屈がわかったので、
「なんとなく理屈がわかったよ」
と、わたしは言った。
「まあ、なんとなくでも良いか」
と、チョコレート(自称)は言う。
そしてわたしは、
「ところで、あんたの目的はなんなの?なんでわたしに自己紹介したの?」
と、聞いてみた。
「そう、それ」
と、チョコレート(自称)は大事なことを思い出したように声を大きくして言った。
「それ、あんたに説明してなかったよな。俺はまあ、高級チョコレートなんだけど、愛情を持って、美味しく食べてほしいわけ。そしたら、異世界に勇者として転生できるんだよ」
頭の中に、無音の砂嵐が三十秒ほど巻き起こった。

「はい?」
と、わたしは聞いてみた。
「だからあ、俺が愛情を持って美味しく食べられれば、異世界に勇者として転生できるんだってば」
「そうなの?」
と、わたしはまじめに聞いてみた。
「高級チョコレートという生き方はね、最高級の原料を使用し、甘ったるくもなく、酸味と辛みがあるんだ。
最高級の原料と甘みと酸味と辛み。それはこの世を構成する重要な要素なんだよ。つまり、この世を構成する大事な柱が、俺の中に組み込まれているんだ。俺はこの世の映し絵なんだよ。俺は神に選ばれしチョコレートなんだ。
大事なことだからもう一度言うと、
”俺は、神に選ばれし、チョコレート”なんだ。
だが、俺にはひとつ望みがあった。つまり、あれだ。やっぱり勇者ってなってみたいじゃん?魔王と本気のバトルして世界救ってみたいじゃん?」

何を言ってるのかちょっとよくわからなかったが、このチョコレート(自称)は、つまり勇者になりたいのだな。

「神様に言われたんだ。
”おまえは確かに選ばれしチョコレートだ。前世の優れた行いにより、選ばれしチョコレートとして今世を生きることを許された。
そしていまも誇り高く、高級チョコレートとして立派な行いをし続けている。次元の高い魂だ。
おまえが望むのなら、来世に勇者に転生できる資格はほとんどある。あともうちょっとなんだ。
あともうちょっと、とは、愛情をもってプレゼントされ、美味しく食べられることだ。
それが叶ったら、おまえは勇者に転生できるんだ”
ーと」

わたしはそのチョコレート(自称)の言葉をばりばりと噛み砕いて理解しようと努め、そして
「それは、すごいね」
とだけ言った。
うん、すごい。たしかに。

「なあ、あんた恋人に俺をプレゼントするんだろ?」
と、チョコレート(自称)がわたしに確認する。
「うん、まあ」
「うん、まあじゃねえよ」
と、チョコレート(自称)の声は大きくなった。そのあと、
「ごめん、暴力的すぎた。悪かった」
とぼそっと言う。
「いいよ、気にしないで」
わたしは首をふる。
「いや、悪かった。高級チョコレートがとってはならない態度だった。反省する。でもさ」
チョコレート(自称)は、ゆっくりと言う。
「愛情がポイントなんだよ。大切なのは愛情だな。あんたが愛情を持って、俺を恋人にプレゼントする。恋人がその愛を受けとり味わって食べる。そしたら、俺の魂は愛に満ち溢れて、そして勇者に転生できる。ということで、あんたには頑張ってほしいんだ」
「わかった」
と、わたしは言った。
「わたしにまかせなさい」
「うむ」
と、チョコレート(自称)は言った。
「君たちに期待している」

*****

「ねえ」
わたしはバレンタインのその夜、流し台で洗い物をしてくれている彼に話しかけた。
「なあに?」
腕まくりをしている彼は、いま、肘あたりまで泡をつけている。
あんまり洗剤を使いすぎても良くないんだけどな、そして流しっぱなしで洗うのはちょっとお湯の無駄遣いかもしれない、と思ったが言うのやめておいた。
機嫌良く洗ってくれるのが、良いことなのだ。
「チョコレート美味しかった?」
と、わたしは聞いた。
「うん」
彼は即答した。
「でもやっぱり、君のビーフシチューは最高だったな。ルーを使わないシチューなんて初めて食べたよ。感動したよ。ワインが入ってさあ、まるで高級レストランだよねえ」
と、彼は言葉から音符が飛びそうなくらいはずむ声で言った。
「ほんと?ありがとう」
と、わたしは流し台に向かって叫んで、投げキッスをした。だが彼は気づかなかったようだ。そこは気づいてリアクションしてほしかった。が、仕方ないな、彼は皿をぴかぴかにすることに集中していた。
わたしは気をとりなおす。
「ね、ビーフシチューのあとに食べたチョコレートだけど」
「ああ、チョコレートね、うん、あれ高かっただろ?老舗メーカーだもんなあ。ありがとうな」
「美味しかったよね」
「美味しかったよ」
と、彼は言った。
「ビーフシチューより美味しかった、って言ってみて」
彼は洗った皿をいちまい乾燥機に入れてから、こちらを向いて笑うと言った。
「あのねえ、そんな冗談言えないよ」
あ、泡が口元についている。すごいダイナミックな洗剤の使い方をしているのね。
「ビーフシチューのほうが美味しかったんだからねえ」
と、笑いながらはっきりと彼は言う。
わたしは、
「ありがとう」
と言った。そして、
「でも、チョコレートもとても美味しかったよね?」
と聞く。我ながらまったくしつこい。チョコレートよ感謝してほしい。
彼は、わたしのしつこさに対してとくに気を悪くした様子もなく、
「もちろん美味しかったさ。俺のために選んでくれて、ありがとうね」
と言った。
「どういたしまして」
と、わたしはかしこまってお辞儀をした。

彼はもういちどスポンジを握りしめる。
勢いよく流れる、耳に心地よい癒し効果特大のお湯の音と、風呂に入りたい気持ちになるようなふわふわとした湯気に包まれる、天国に近い流し台。

チョコレート(自称)よ、とりあえず次の世で幸あれ。
わたしのビーフシチューにはかなわなかったけれど、しかし彼は愛情を持ってチョコレートを美味しく食べた。
神様も満足されていることでしょう。
だから、転生もうまくいくことでしょう。

楽しい異世界ライフをおくってね。
しかしあなたは短気そうだから、魔王を倒すなら、そう…そこは気をつけたほうが良いかもね。

バイバイ、幸運を祈ってる。

*****終わり*****

バレンタインですが、私もお世話になった方々に「感謝チョコ」をあげたりしてます。
可愛い形や色のチョコレートやおしゃれなパッケージやら、選ぶのは結構楽しいです。まあ人のもののついでに、自分の分も買ったり。(自分の分ついでに人の分を買っているわけじゃないですよお、逆ですよお)

だがしかし、いまは、歯が痛いので食べる気にはなれないという…。

今回のカバー絵はこちら
「Wait for you on valentine's day」

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