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『料理通信』のこと。 後編

『料理通信』2006年6月6日発売の創刊号から、〈新米オーナーズストーリー〉と題する連載を執筆していました。
第1回のイタリア料理店「ロマンティコ」に始まって最終回のネパール料理店「ADI」まで149回。一つの雑誌で、同じ連載を、同じ担当編集者と続けるなかで見てきたこと。

14年続いた連載〈新米オーナーズストーリー〉

新米オーナーズストーリー〉。名の通り、独立したばかりの新米店主たちによる、店作りの物語です。
全149回、149店。担当編集者の曽根清子さんと二人、約1年以内に開店したお店を14年間にわたって取材してきました。

毎日数え切れないほどの新店が生産され、続けられるのはひと握りしかない東京。でも、じつはこの連載に登場したお店は長く愛されるお店がわりと多いんです
考えられる理由は、いくつかあります。

まず、「あの有名店でスーシェフだった人が独立」とか「食通に注目の新しいスタイル」といった視点では、取材をお願いしないこと。
前編と同じく、やはり「すこし先」と「もっと奥」を見据えて、今このお店が世の中に生まれる意味を考えてきました。


自身の「芯」を獲得していく物語

読み手は、これから店を持ち、生存競争の激しい大海に飛び込もうという独立前の人たち。そこで必要なのは成功のセオリーより、むしろ店主自身の「芯」です。
この連載は、「芯」を獲得していく物語ともいえます。

〈新米オーナーズストーリー〉に登場するお店には、伝えたいこと、もっと言えば思想があります。店主が店を通して、何を世の中に伝えたいのかがわかっている。

そのためには自分のルーツを深く掘り下げる必要もあるでしょう。お店とはアイデンティティから生まれるもの、店主そのものなのだと思います。

2014年5月号/vol.83「LA’S(ラス)/CORK(コルク)」より

まずは目指す地点=店を設定する。この時、多くは「自分のやりたいこと」を思い描くか、逆に「お客が必要としていること」を考えるだろう。しかし兼子シェフは、そのどちらでもなかった。
店を出すからには、自分が一番になれる土俵で勝負する。土俵を見つけるには、自分を掘り下げる作業が必要です

ラス
2011年6月号/VOL.55「SALUMERIA 69」より

「単に言われたものを切るのでなく、お客さんと話しながら売りたいんです。デパートより、昔の肉屋や魚屋みたいな在り方。初めてのお客さんなら、まずはお好みを聞きたい。甘いほうがお好みか、脂がのっているものか、塩は強めか」
 そんなわけで、通販はしない。もしもネットやFAXで注文を受けたら、一人ひとりに折り返し電話をして説明しかねない。彼が伝えたいのは、産地や生産者や熟成期間のスペックでなく、対面でなければ拓かれない生ハムの世界である。

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危機感を持つ店主たち


彼らは、なぜそこまで考えるのか?
危機感を持っているからです。「なんとなく」のイメージではあっけなく波に呑み込まれてしまう世界だから、誰よりも考え抜き、突き詰める。

誰だって店を作る時はよく考えます。でも、よく考えている店よりもっと考えないと生き残れないことを知っている。〈新米オーナーズストーリー〉でお願いした店主たちは、そういう人たちです。

2013年5月号/vol.73「Ata(アタ)」より

自分が何をしたいのか(中略)「おいしい料理を楽しんでもらうこと」だった。でも、じゃあ「おいしい」って、「楽しい」ってどういうことか。
「そう感じるためには、“食べる”ことに集中する必要があると気づきました。集中してもらうためには、お客さんに余計なことを考えさせないこと。

アタ


2014年10月号/vol.87「アミニマ」より

こう考えたのだ。「自分の同世代が今、どう食べたいか」。自身の根っこはフランスでも、お客にとってフランスらしさは必ずしも要らない。それより仲間とリラックスしたい。いい大人なんだから量もペースも人それぞれ、コースより単品で調節したい。野菜は多め、ついでに〆のカレーなんかあると、とても嬉しい。

アミニマ3


必要とされる店でありたい


時勢の変化とともに、店と町との関係も変化しました。
リーマンショック以降です。それまではみんな、店のある町に地元の意識はあまりなくて、「自分のお店がどれだけ繁盛するか」だけを考えていたところがありました。
しかし日本中が沈みゆくような時代になって、一人勝ちでは生きられない。いや、もっと積極的に「周りとつながる生き方をしたい」「必要とされたい」「世の中の役に立ちたい」と願う店が現れました。

2009年9月号/vol.37「コンフル」より

「地域を盛り上げないと、地域に人は来ないから。まずはここでしっかりと地盤をつくりたい」
 彼の店は町の中の点でなく、線のつながりの中で生きていくことを選んだ。

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頼もしいですよね。
飲食業を取り巻く状況は、世界的な不況や震災などによって大きく揺さぶられてきましたが、その度に新しい価値観の店もまた生まれています。今回のコロナでも、きっとそうなると思います。
事実、vol.149の「ADI(アディ)」はコロナ禍真っただ中に開店したネパール料理店ですが、次々と立ちはだかる壁にも全然めげない。むしろ希望しかない、ネパール人と日本人夫妻の物語。
最終回となるこの原稿では、こう結んでいます。

〝夫妻の話を聞いていると、日本って夢を持てる国だったんだと思い出す。〟

こんな世の中だからこそ、私からの、祈りを込めたメッセージです。

最後に。
この連載が、お店を持ちたいと願う人たちの助けになってこられたなら幸いです。
読者のみなさま、また取材を受けてくださった149店の新米オーナーたち、連載をともに走りきってくれた編集の曽根清子さん、この仕事を続けさせてくれた『料理通信』に心から感謝申し上げます。

サポートありがとうございます!取材、執筆のために使わせていただきます。