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遠い風近い風 archive

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現在も連載中のリレーエッセイ『秋田魁新報』の「遠い風近い風」。井川直子のアーカイブ集です。不定期に更新していきます。
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#秋田魁新報

力を抜くって難しい

1日じゅう、座りっぱなしにもほどがある仕事ゆえに、腰を痛めて整体院へ這って行った。 「まずはリラックスしてみましょうか。体の力を抜いてぇー」 施術台で仰向けになった私の片足を、先生が90度に持ち上げて左右にゆらゆら揺らした。 「抜けませんねぇ。リラックスです、リラーックス。ふうー」 口調がだんだん催眠術がかってくるものの、まったく腑に落ちない。私はさっきからずっとリラックスしているのだ。 「先生、力抜いてます!」 すると先生は私の足から手を離し、ほら、と笑った。力が抜けてい

どんな世界でも

うちの近所のコンビニに、やるなぁ、と唸る仕事ぶりの女の子がいる。 推定18歳。 店で最も若いが、原石の輝きは断トツだ。 たとえば、フリーマーケットのサイトに出品する荷物を持って行くと、 私の指定した大きさでなく 「1サイズ下でいけるんじゃないかな?」 と言ってメジャーを持ち出し、シャーッと測って 「やっぱり大丈夫」 と安くなる方法を教えてくれる。 頼んでもいないのに、「じゃないかな?」から「シャーッ」まで、1秒たりとも迷いがない。 彼女がレジに立つと、自動的に安心スイッ

右手、左手

不覚にも、腕を骨折した。 幸いポキっと折れたのでなくヒビと損傷ではあるが、筋肉も痛めて全治3週間。しかも利き手の右手だったものだから、歯磨きもままならず、箸は持てない、靴下も引っ張り上げられない。 それでも締め切りは迫りくる。温かく延ばしてくださるところは心で手を合わせてお願いし、どうしても動かせなかった仕事は根性の左手、指一本入力で乗り切った。 今、達成感より、費やした果てしない時間と疲労感、何よりも左手の使えなさに呆然としている。 右脳が退化してるんじゃないだろうか?

クリスマスケーキ

クリスマスケーキを買わなくなって何年経つだろう。 最後に憶えているのは、たしか短大進学のために上京した年だ。ショートケーキを1台、自分のために買った。1カットじゃなくて、ホール丸ごと1台だ。 当時、女子大生ブームのモテ特権はまるで活かせず、4年制大学に編入したかった私は、勉強するかアルバイトか映画館にいるかの地味なひとり暮らし。 当然、ホームパーティなんて予定もないわけで、なのになぜホールかと言うと、アルバイト先がケーキ屋だったからだ。飛ぶように売れるイブと本番の2日間。そ

ゆで落花生

東京へ来て初めて知った食べものの一つに、ゆで落花生がある。 30年くらい前だろうか。居酒屋のお通しでそれが現れた時は、何かの間違いかと思った。 カラカラの殻(さや)を割ってポリポリッと食べるのが醍醐味、の落花生が見る陰もなく濡れているではないか。 なんて罪深いことをするのだろう。 こわごわと、ぬるっとした殻を剥き、水を滴らせつつ実(種子)を薄皮ごと口に放り込む。すると、しっとりの中にほこほこした歯ざわり。 未知の物体だ。 ほどなく優しい甘みがにじみ出てきて、今度はその食感

捨てられない

この夏、およそ十年ぶりに引越しをした。 人間二人分の居を移すだけなのに、引越しとは、なんと学びが多いのだろう。 まず、運送業者に見積もりを頼んだらお米をくださった。 真心だそうだが、岩手県産。はて、うちは秋田のお米を食べている、と伝えるべきかしばし考える。 なぜお米。 各家庭には、いつもの味、好みの銘柄があるんじゃなかろうか?  彼は1キロを何軒分持ち歩くのだろう?  ああ質問したい。でもその滝のような汗を見たら、頭の中で「大人げない」と声がして、黙ってありがたく頂戴する

おばあちゃんの声

 変な人だと思わずに聞いてほしいのだが、私の中におばあちゃんが棲んでいる、と思うことがしばしばある。  声が聞こえてくるのだ。  それは実の祖母だったり、どこの誰だかわからない謎のおばあちゃんだったり。  以前、カメラマンの車で山梨県へ取材に出かけたときのこと。帰りに高速道路のサービスエリアへ寄ると、屋外テントで特産の葡萄が売られていた。  秋真っ盛り。  巨峰、デラウェア、ピオーネなど旬の葡萄はどれもたわわな実をつけ、カメラマンも編集者も「どれにする?」と早速、選定の構え

パネットーネ 2021.12.25

 イタリアに、パネットーネというクリスマスの郷土菓子がある。 「大きなパン」という意味で、コック帽に似た形のそれはたしかに大きいけれど、パンの範疇には収まりきらない気がする。  ブリオッシュのような、パウンドケーキのような、でもやっぱりどちらでもないパネットーネだけの味わいがあるのだ。  一番の決め手は発酵。  バターと卵とドライフルーツをたっぷりと使った生地に、粉と水で作る発酵種を加えて発酵させることで、ヨーグルトを感じさせる酸味が生まれる。  伝統的には北イタリア・ミ

28年目の冷蔵冷凍庫 2021.11.29

 1、2年ほど前から冷蔵冷凍庫の運転音が大きくなってきたと気づいてはいたが、このところとくにひどい。  ジージーからガーガーへ転調し、こちらが必死に聞こえないふりをしていると、そうはさせまいとでも言うようにギギギギギにキーを上げて訴えかけてくる。  狭いわが家では台所脇の1畳くらいのスペースが私の仕事場なので、この原稿もそれに耐えながら書いている。  どうにも気になる。  いや、それ以上に、リモート会議や電話取材などでは私の背後で常に妙な音が響いているのだから、恥ずかしい

ぬか漬け始めました 2021.09.28

 ぬか漬けを始めた。  もう2カ月ほど経つだろうか、今日はズッキーニがぬかのふかふか布団の中で食べ頃になっているはずで、そわそわしながらお昼ごはんの時間を待っている。  ぬか床は、猛暑が続いていたある日、自然食品店で見かけて衝動買してしまったものだ。  なぜ衝動が起きたかというと、隣で小茄子が売られていたのである。今朝もぎました、と言わんばかりのつやつや、ピチピチの小茄子は丸ごと揚げようか。それとも焼いてからハーブやオリーブオイルでマリネにする?  その時、隣のぬか床

「違う」ということ 2021.06.12

 数年前、雑誌のコーヒー特集でイタリア人を取材した時のこと。  彼は熱く熱くこう語った。 「もしもイタリアからエスプレッソがなくなったら、きっと空港は閉鎖されるし、街じゅうで暴動が起きるよ」  当時はみんなでゲラゲラ笑っていたけれど、今、その言葉を思い出してゾッとしている。  もしも秋田じゅうの飲食店からお酒が消えたらどうなるか。  岩牡蠣だってボタンエビだって日本酒なしには飲み込めないじゃないか!と、ちょっと暴れたくなるのは私だけだろうか。  東京では、そのお達しが

比べない 2021.4.24

 飲食関係の文章を書いていると、「おいしいお店を教えて」と聞かれることがとても多い。 「おいしい」だけでは手がかりがざっくりし過ぎなので、食べたい料理と場所と人数、お誕生日祝いなどの目的を聞いて、知っている限りで教えてさしあげる。  すると、なんと、おもむろにスマートフォンを出してグルメサイトを検索し始め、点数を確認する人がたまにいる。 「ふうん、3.5点ねぇ」  何やら不満げである内心も透け透けに見えたりする。  今、自分が訊ねた人の答えより不特定多数の評価を信じるの

単機能好き 2021.3.6

 この世へ、たった一つの使命を持って生まれたものに愛を感じる。  単機能といわれる道具だ。  それも「栓を抜くための栓抜き」といった正統派より、「なぜこんなことのために!」と、ほんのり呆れてしまうくらいの用途であるほどくすぐられる。  それを自覚したのは、友人が「有名デザイナーのだから」の前置きとともにくれた、北欧みやげのフォイルカッターだった。ワインのコルク栓をカバーしているキャップシールを「切る」ためだけの道具である。  そんなものがなくたって、文房具のカッターでも

東京のお正月 2021.01.22

 たぶん二十年以上ぶりに、〝秋田へ帰らなかった年越し〟となった。  夫の実家は東京だが、「うちは電車でいつでも来られるんだから、ご両親に顔を見せてあげて」という義母の優しさに甘えること毎年末。  ひょっとして結婚後初めて東京の大晦日かも、と気がついて、我ながらびっくりしてしまった。  だが、もっと驚いたのは夫の落胆ぶりだ。  彼はなぜ、一年の仕事を終えた後にも妻の実家仕事が待っている秋田を、そんなにも楽しみにしてくれたのか。  そこにダダミがあるからである。  腹から割