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音楽への真摯な奉仕者たち〜【Concert】Mozart Singers Japan「二人のモーツァルト 珠玉のオペラ二重唱集」

 モーツァルトシンガーズジャパン(以下MSJ)は、2018年のモーツァルトの誕生日1月27日に発足したオペラ歌手とピアニスト(コレペティトゥーア)からなるグループ。モーツァルトをこよなく愛し、モーツァルトのオペラ全曲のピアノ伴奏による録音というプロジェクトを展開している。そのMSJが「二人のモーツァルト」と題するコンサートを開催した。ヴォルフガング・アマデウスとお父さんの作品、というわけではなくて、モーツァルト・オペラの二重唱を集めた、ありそうでなかった企画である。

 コンサートは、『バスティアンとバスティエンヌ』序曲からスタート。といってもそこはアイデア豊富なMSJ、なんと、かつてはモーツァルト作曲といわれていた「おもちゃの交響曲」に登場する楽器を使ってのアレンジバージョンだ。オペラ歌手たちがそれぞれムチや太鼓、ピアニカ、ガラガラなどを手に大奮闘。こんな楽しい仕掛けもMSJならではだが、実は、既にCDがリリースされている『バスティアンとバスティエンヌ』で序曲を演奏したいというコレペティートルからの強い希望があったという話が披露され、これは単に楽しいだけではない、「オペラの序曲」というものに対するMSJの姿勢も反映されているのだと知った。

 さて、プログラムは前半が『コジ・ファン・トゥッテ』と『ドン・ジョヴァンニ』、後半が『フィガロの結婚』と『魔笛』からの二重唱が選ばれた。バリトンの宮本益光が各作品・各ナンバーについて解説をはさんでくれたのは、観客にとって大いに鑑賞の助けになったのではないだろうか。モーツァルトについて深く研究を積んでいる宮本の解説は非常に学問的でありながら、その語り口は柔らかくわかりやすい(しかも台本なし!)。歌手にこれだけのMCをされてしまうと、私のような者は立場がなくなってしまう…(笑)宮本の解説の中で印象的だったのは、モーツァルトが「音楽によってドラマを描き出した」こと、特に『ドン・ジョヴァンニ』以降は「重唱でドラマを展開していった」という点だ。その着眼点があるからこそこのコンサートが企画されたのであり、非常に重要な指摘だったと思う。

 そして、実際に披露された演奏が、しっかりとそのポイントを証明するものになっていた。宮本益光は、病気休養があったのは信じられないくらいの高い表現力で得意のドン・ジョヴァンニやアルマヴィーヴァ伯爵を歌った。そのドン・ジョヴァンニに誘惑されるツェルリーナは三井清夏。したたかなオンナノコであるツェルリーナにしてはいささかピュアすぎる嫌いはないでもないが(苦笑)、透明感のある声の持ち主だ。夜の女王の針生美智子からは、いちばん「盛り」を感じた。しなやかで無理のない発声によるコロラトゥーラは、現在の日本のソプラノ歌手の宝だろう。後半に登場し、伯爵夫人とパミーナを歌った文屋小百合は、音色に艶があり表現力も向上しており、非常に声が成熟していることを感じさせられた。ぜひオペラの舞台で彼女のパフォーマンスを聴いてみたい。体調不良の望月哲也の代わりに出演した金山京介も抜群の安定感。小林由佳と鵜木絵里による『フィガロ』のマルチェリーナとスザンナの「ケンカの二重唱」は本当に楽しく聴いた。鵜木が稀なコメディエンヌであることは数々の舞台で証明済みだが、ノーブルな声でズボン役の美少年がぴったりの小林が「嫉妬深いおばさん(!)」をこれほど上手く演じるとは、新たな一面を発見した感じだ。パパゲーノは宮本益光の持ち役だが、今回は後輩の近藤圭に譲る形に。お馴染みの鳥の羽のついた衣裳で登場した近藤は、宮本とはまた違って、お人好しで正直者のパパゲーノ像を描き出す。既に舞台でも何回も演じているが、彼のパパゲーノも素晴らしい。

 MSJには3人のコレペティートルがいるが、「メンバーにコレペティートルがいる」ということがMSJの大きな強みだと思う。その場だけの「伴奏者」ではない、常にオペラの現場で仕事をし、歌手の感情にまで寄り添えるコレペティートルという存在が、演奏全体のクオリティに大きく貢献していることはいうまでもない。当夜も、髙田恵子、石野真穂、山口佳代の3人が力強く歌を支えた。さらにそれだけでなく、後半1曲目は髙田と山口が連弾で『フィガロの結婚』序曲を披露。その高い技術をしっかりと味わわせてくれた。

 MSJの演奏会がこれほど素晴らしいのは、メンバーひとりひとりのクオリティが高いだけでなく、全員がモーツァルトとその作品に対する深いリスペクトを持っているからだと思う。作品について学び、考察し、導き出した「あるべきすがた」をそのままきちんと提示するという、当たり前だけれどそれだけに難しいことを、全員が同じクオリティで成し遂げている。MSJとはそのように稀有な団体なのだ。来年2月には『ドン・ジョヴァンニ』のハイライト上演も控えている。楽しみにに待ちたい。

2021年10月8日、王子ホール。

 

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