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チャーミングなカップル誕生〜【Opera】調布国際音楽祭『電話』

 メノッティが台本・作曲した1幕もののオペラ『電話』は1947年2月にニューヨークのヘックシャー劇場で初演された(同じメノッティの1幕オペラ『霊媒』と同時上演)。同じ年の5月にブロードウェイのエセル・バリモア劇場でブロードウェイ版がスタート。1965年にはメトロポリタン歌劇場でも上演されるなど、メノッティの代表作として知られている。

 登場人物はルーシーとベンのふたりの恋人。ベンが地方への出張を前に、ルーシーのアパートにプレゼントを持ってやってくる。彼は今日こそルーシーにプロポーズをしようとしているのだが、口を開きかけるとルーシーに電話がかかってくる。電話の相手と長話を始めてしまうルーシー。列車の時間が迫っているとイライラするベン。やっと終わってさあ、と思うとまた電話。今度は相手とケンカをしているようだ。ルーシーは電話が終わると涙を流しながらハンカチを取りに部屋を出ていく。ベンはいっそ電話を壊してしまおうと思うが、それもできず…。戻ってくると今度はケンカの顛末を別の友達に電話で報告し始めるルーシー。ついにベンは諦めて部屋を出ていく。やっと電話が終わったルーシーはベンがいないのに気づく。と、そこに電話。公衆電話からベンがかけてきたのだ。やっと「Will you marry me?」と言うベンに「Of course!」と答えるルーシー。そして、出張でいない間に電話をかけて、私の電話番号を忘れないでね、と番号を呟き、それをベンが繰り返し…。オペラの正式なタイトルは『The Telephone or L'amour à Trois』、つまり『電話、あるいは三角関係』。恋人たちの間を邪魔するのが電話、というわけだが、その電話が離れた恋人たちを繋ぐ絆でもあるというラストだ。

 調布国際音楽祭最終日の午後に行われたこの『電話』公演。スタイルはコンサートだが、舞台上にソファや椅子など(もちろん電話も!)簡単な道具を設置し、歌手は衣裳をつけて演技をする。ルーシーはコロラトゥーラ・ソプラノとしてバロック作品などでも活躍する中江早希、ベンは若手のバリトンではもっとも注目を集めるひとり大西宇宙が演じた。指揮は鈴木優人、オケは読売日本交響楽団(ちなみに読響が調布グリーンホールに登場するのは21年ぶりのことだそう)。ポニーテールに赤地に白い水玉のワンピースという50年代風の衣裳を着た中江ルーシーは、ちょっと天然の入った可愛い女の子。一方大西ベンは生真面目でちょっとスクエアな性格なのかな。ルーシーの長電話にイライラして一升瓶をラッパ飲みしてしまうところなどすごくおかしかった。ふたりとも英語の発音も素晴らしく(大西はアメリカで活動していたので当然だが)、安定した歌唱力はもちろんのことコミカルな演技もハマっていた。あくまでも軽やかなオケの音色とともに、「オペラを観た」という満足度の高い公演となった。

 ところでこの3月に、私がパーソナリティを務めるNHK-FM「オペラ・ファンタスティカ」で、この『電話』をスタジオ収録した。この時の出演者はルーシーが森谷真理、ベンが久保和範。角田鋼亮指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏だった。この時との比較でいうと、森谷・久保カップルがかなり「大人」だったのに対し、中江・大西カップルは「若さ真っ盛り」という印象。Shirmer版を元にしたドレミ楽譜が出版している楽譜には藤井多恵子による日本語訳がつけられているのだが、藤井は「ルースィは典型的アメリカのあまり若くない女」「ベンは大人しいタイプの普通の商社マンで…どこか垢抜けていない感じ」と書いている。個人的には、森谷・久保がみせたような、多分30代半ばぐらいの大人のカップルの方が、このオペラの「電話との三角関係」という意図には合っていると感じている。だがもちろん、溌剌とした恋愛を表現した中江・大西バージョンも全然アリ。何より、この短期間で2回も別バージョンの『電話』が聴けたことがとても嬉しい。普段はなかなか上演しにくい(なにしろ全部で40〜50分ぐらいなので)演目だが、コロナ禍でディスタンスをとるためにこうした演目が選ばれるのは大歓迎だ。

2021年7月4日、調布市グリーンホール。

追記:この日は『電話』の前にモーツァルト『フィガロの結婚』序曲、休憩を挟んで後半にストラヴィンスキー組曲『火の鳥』(1945年版)が演奏された。私は所用で前半しか聴けなかったことをお断りしておく。



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