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音楽家発信のオペラの可能性を切り拓く〜【Opera】DOTオペラ『アイーダ』

 ソプラノ百々あずささんのD、コレペティートル小埜寺美樹さんのO、メゾ・ソプラノ鳥木弥生さんのTで「DOTオペラ」。去年旗揚げしたこのユニットの最初の公演が演奏会形式による『アイーダ』でした。歌の素晴らしさを存分に堪能したこの第1回コンサートから1年。ついにステージ上演による『アイーダ』を観る機会がやってきました。舞台上に置かれた小オーケストラ(編成は弦楽器とピアノ、ティンパニ、シンセサイザー)の周りを取り囲むように円形のアクティングエリアが設けられたセミステージ形式でしたが、衣裳や照明も美しく、ミューザ川崎シンフォニーホールが円形劇場に変身したようで、このホールでのオペラ上演の可能性も切り拓いたのではないかと思います。また第2幕「凱旋の場面」では4本のアイーダ・トランペットが登場するなど、限られた予算の中でプロデューサーであるDOTの3人とスタッフが知恵を絞ってつくり出した舞台は見応え十分でした。ちなみに私はこの公演のプログラムを執筆、事前にDOTの3人にインタビューもさせていただきました。こうした音楽家手作りの企画に少しでも力添えができたのは、普段人の演奏についてあーだこーだ言うのが仕事(!)の私にとっては、とてもありがたく嬉しいことでした。

 さて、本公演のキモはなんといってもキャストが豪華なこと。なんたってあの所谷直生さんが伝令役なんですから。いやー、テノールが後先考えずに(!)いい声を思いっきり出せる役にこういうすごい声の人が出てくると舞台全体の格が一段上がります。男声では、ラダメスの村上敏明さんが絶好調。ホールを突き抜けてくるような響きで、幕開きの「清きアイーダ」で一気に客席の空気を掴んだのが伝わってきました。ランフィスの伊藤貴之さんは本当に重厚な声で、聴いているだけで身が引き締まるよう。タイトルロールの百々あずささんは、以前も書きましたが日本人離れした、幅と奥行きのある声の持ち主であることを再確認。高音の伸びなど特筆すべき美点だと思います。ただ他のメンバーが舞台巧者ばかりの中、演技面では少し割を喰っていたかも。元々、アイーダって感情のアップダウンがあまりない(ずっと悩んで苦しんでいる)ので、そこで声にどう演技をさせるかというのは難しいとは思いますが。逆に感情面で大きく揺れ動くアムネリスはその演技力が問われる役。鳥木弥生さんは4幕のモノローグなどグイグイと聴き手を引き込んできます。しばしばこの作品は『アイーダ』ではなく『アムネリス』だ、といわれるのもむべなるかな、という素晴らしいパフォーマンスでした。

 演出は、2019年大田区民オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の演出でも印象的な舞台を作り上げた山口将太朗さん。5人のダンサーをうまく使い、人数の少なさを感じさせない舞台を作り上げました。おそらくこの人は「どう見えるか」ということに関する感覚が素晴らしく鋭い。さらに音楽に対するリスペクトがあり、それが観ていて疲れないし考えさせすぎもせず、でもきちんと『アイーダ』の壮大さを感じさせる舞台になっていた大きな要因だと思います。オペラ演出はこれが3作目ということですが、これからどんどんオペラの世界で活躍してほしい才能です。

 またこの手の舞台では珍しく合唱も充実していました。Coro trionfoと名付けられた合唱団は東響コーラスの有志を中心とした90名余りのメンバー。ステージ奥のいわゆるP席とその両翼に1席空け・マスク着用で配置。特に男声の力強さが印象に残りました(合唱指揮は辻博之さん)。

 コロナ禍の中、多くの音楽家がさまざまに知恵を絞って音楽の「場」を生み出してきたことは素直に頭が下がりますが、これからはその知見を活かしつつ、「音楽」としての完成度を追求する方向が求められるのだと思います。このDOTオペラの『アイーダ』はそうした方向性をしっかりと示した点でも評価すべきプロダクションだったといえます。

2021年11月16日、ミューザ川崎シンフォニーホール。

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