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大田区民オペラ合唱団第3回定期演奏会『カヴァレリア・ルスティカーナ』

 大田区民オペラ合唱団は、大田区民オペラ協議会主催のオペラで合唱パートを受け持つために1993年に発足。2015年の公演を最後に大田区民オペラ協議会とのコラボレーションを離れ、2016年、2018年と独自に定期演奏会を開催している。そのうち2018年はドニゼッティ『ランメルモールのルチア』を抜粋で上演。今回、初のオペラ全曲上演に挑んだ。

 大田区は結構合唱が盛んなところで、かくいう私も、幼い頃から大田区在住の先生のところに歌とピアノを習いに行っていて、その先生が主催するアマチュア合唱団の一員としてオペラやミュージカルの舞台に出演したことがある。自前の衣裳に身を包み、セリフを覚え、歌を覚え、舞台で動き踊るのはとても楽しかったっけ…。シチリアの村人に扮して歌う大田区民オペラ合唱団のみなさんを観て、そんな昔の懐かしい思い出に浸ったりしたひとときではあった。

 だがこの公演、ただ昔を懐かしむだけのものではなかった!ソリストに日本を代表するオペラ歌手を揃えていたのだ。サントゥッツァに鳥木弥生、ローラに鷲尾麻衣、トゥリッドゥに城宏憲、アルフィオに上江隼人、ルチアに牧野真由美という豪華メンバー。これは「アマチュアのオペラ」と言っていい公演ではない。

 実際、5人のソリストそれぞれの歌唱のできは素晴らしく、またアンサンブルの精度も高い。つまり、聴かせる。まあ、これだけの歌手を揃えたのだから当たり前といえば当たり前なのだが、大田区やるな、と思わせるに充分な音楽だった。演出はダンサー/振付家でもある山口将太朗。聞くところによるとこれが2回目のオペラ演出だということだが、登場人物の心情を細やかに描いてみせる手腕はなかなかのものだ。特に目を引いたのが、教会の前でサントゥッツァとトゥリッドゥが言い争いをする場面。もう少し一緒にいてというサントゥッツァを邪険に振り切るトゥリッドゥ、というところまでは通常通りなのだが、そこでサントゥッツァがトゥリッドゥの手をつかみ自分のお腹にあてがうのだ。つまり、サントゥッツァのお腹にはすでにトゥリッドゥの子どもが宿っているという設定。驚いて腰を抜かすトゥリッドゥだが、このシーンが挟まれたことにより、最後に決闘に赴く前にトゥリッドゥが母ルチアになぜ「サントゥッツァのことを頼む」というのかが明らかになったと思う。トゥリッドゥはどうしようもないクソ男のくせに、いざ自分が死ぬかもしれないとなった時になぜ捨てたはずのサントゥッツァのことを心配するのか。彼の中にある一筋の良心というものか、それとも心の底ではサントゥッツァを憎からず思っていたのか……。私はいつもここに引っかかるのだが、自分の子どもを残していくのだからルチア=おばあちゃんに世話を頼んだのも納得。まあ、それでもトゥリッドゥがクソ男なのに変わりはないが(そして、トゥリッドゥがクソであればあるほどサントゥッツァのかわいそうさが引き立つので、これはこれで正解なのだが)。

 指揮の辻博之は小編成のTHE ORCHESTRA TOKYOを目一杯鳴らして、マスカーニの流麗さ、オペラとしてのドラマティックさを前面に押し出すことに力を入れていたようだ。それは、アマチュアの合唱団ゆえの声の弱さを助けるためだったのだと思われるが、概ね成功。ただ、時おりソリストの声がかき消されてしまうところがあり、そこだけは惜しかった。

 区民合唱団でもここまでやれるということを示した今回の『カヴァレリア・ルスティカーナ』。大田区民オペラ合唱団には、ぜひ今後もオペラの全曲上演に挑戦していってほしい。

2019年12月1日、大田区民ホール アプリコ大ホール。

 


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