【Opera】METライブビューイング『真珠採り』

METライブビューイングで、ビゼー作曲『真珠採り』を観た。『カルメン』で有名なビゼーの25歳の年の作品で、なかなか上演のチャンスに恵まれない「知られざるオペラ」だ。
METのライブビューイングでは、毎シーズンこうした知られざる作品」を上演しているが、これまでは「やはりお蔵入りしているものはそれだけの理由があるな」という感想しか抱けなかったものが多い。しかし、この『真珠採り』は違った。これがなぜ今まで上演されていなかったのか(METでは100年ぶり!)わからないくらい良かった。


ストーリーはシンプルだ。
「未開時代のセイロン島」が舞台。真珠採りを生業にする村にナディールという青年が帰ってくる。彼は首長のズルガの親友で、かつてレイラという美女を争った恋敵。そこに当のレイラがヴェールで顔を隠し、真珠採りの安全を願う巫女としてやってくる。巫女は純潔の誓いを立て、破ったら処刑されることになっているのだが、巫女がレイラだと知ったナディールとレイラは互いに愛を確かめあい逃げようとする。しかし、2人は捕まり処刑されることになる。嫉妬に苦しむズルガは、レイラがかつて自分の命を救った少女だと知り、村に火を放って2人を逃がしてやる。

レイラを歌うのはソプラノのディアナ・ダムラウ。自らMETの総裁にこの作品の上演を提案したというだけあって、素晴らしいコロラトゥーラを駆使した歌唱は完璧。恋と誓いの間で揺れる娘心を全身で表現してみせた。
愛に生きるナディールはマシュー・ポレンザーニが歌う。ポレンザーニの声はこういう「悩めるテノール」にピッタリ。ナディールには第1幕にアリア「耳に残るは君の歌声」があるが、この曲は単独でコンサートでも演奏されることがある名曲。ポレンザーニはハイCを弱音で伸ばすという離れ業を見事にやり遂げた。
友情と愛の板挟みに苦しむズルガを歌うのは、バリトンのマリウシュ・クヴィエチェン。男らしく堂々とした面と嫉妬に苦しむ繊細な面が同居した、これも典型的なバリトンの役柄。第1幕にはナディールとの二重唱があり、全曲を通してこの二重唱が一番拍手喝采を浴びていたよう。

ダムラウ、ポレンザーニ、クヴィエチェンといえば、現在のMETを背負って立つ超スーパースター3人。この3人が主役を歌うのだから名演は約束されたようなものだが、それにしてもソロも二重唱もそれぞれゾクゾクするような興奮を掻き立てられ、これは3人の力量があればこそ、と思わされた。
そして、音楽面でのもうひとりの立役者は、指揮のジャナンドレア・ノセダである。
ビゼーの音楽の美しさは『カルメン』や『アルルの女』と同様だが、おそらくどのビゼーの作品もそうであるように、この作品も演奏によっては奥行きのない、平板なものに陥りがちだ。それを「ただ美しい」だけでなく、起伏の豊かなダイナミックな音楽に作り上げていたのは、ノセダの棒があったからこそだろう。

さらにこのプロダクションで特筆すべきは、プロジェクション・マッピングである。
冒頭、幕あきの場面で3人の真珠採りが海の底を泳ぎ回るのだが、これがどう見ても水の中を泳いでいるようにしか見えず、どうやっているのかと思ったら、ゆらゆらと揺らめくから波、泳ぐ時に浮き上がっていく泡、頭上から差し込む光などすべてプロジェクション・マッピングなのだという。映像の中を、ワイヤーで吊るされた(このシステムも新しいものだそうだ)3人のダンサーが泳ぐような動きをする。まさにMETの技術を結集したシーンだった。
他にも、第2幕のラスト、レイラが誓いを破ったために村を津波が襲う場面や、その後に続く第3幕で水に沈んだ建物から次第に水が引いていきそのまま室内へと転換していくところなど、どれもプロジェクション・マッピングでなければ成しえない表現だった。近年、オペラの世界でも流行と言っていいプロジェクション・マッピングだが、これほど意味と効果のある使い方をしているのを観たのは初めてかもしれない。

当たり前だがオペラというのは、素晴らしい歌手だけで成り立つものではない。同様に名指揮者、達者なオーケストラ、美しい装置、斬新な演出、どれも単独では何の意味もない、まさにすべてが合わさって生み出される「総合芸術」なのだが、この『真珠採り』ほどそのことを実感させてくれた舞台は最近なかったといっていい。
確かにヴェルディやワーグナーに比べれば、ビゼーのオペラはドラマトゥルギーに欠けるところがあるかもしれない。あるいは、20世紀のオペラに比べれば取り扱っているテーマに現代性はないかもしれない。
しかし、「耳と目の悦楽」という、オペラのもっともシンプルでピュアな醍醐味を味わわせてくれている点で、マイ・ベスト・オペラの中にランクイン確実な作品となった。

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