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濃密な声の芸術〜【Opera】DOTオペラ『仮面舞踏会』

 ソプラノの百々あずさ、ピアノの小埜寺美樹、メゾ・ソプラノの鳥木弥生の3人がプロデュースするDOTオペラの第4弾は、ヴェルディの『仮面舞踏会』(演奏会形式)。舞台で観る機会の少ない作品だが、ヴェルディの「ヴェルディらしさ」を堪能できる、という点ではピカイチの傑作といえるだろう。ではその「ヴェルディらしさ」とは何か。ひとことでいえばそれは、「声によるドラマ」ということではないだろうか。「ギリシャ古典劇の復興」を目指して生まれたオペラは、バロック時代を通じて何よりも「声の妙味」を堪能する音楽として発展する。18世紀にモーツァルトという天才が出て、単にものすごいテクニックを持ったスーパー歌手の声を楽しむだけでなく、声と声との重なり=アンサンブルによって人間(の内実や生き様、感情)そのものを描き出すことができることを示してみせる。こうしてオペラは、「声の技術・妙味」を探求しつつ、それによって「人間を描く」芸術として完成していく。そしてヴェルディは、その両者を非常に高い次元で融合させることに成功した作曲家だといっていいだろう。「声が描き出すドラマ」としてのオペラ。そのひとつの完成形をヴェルディにみるのだ。

 ドラマを描くための「声」を、ヴェルディほど自在に操った人はいないのかもしれない。『仮面舞踏会』はまさにそうした「声」によるドラマを存分に堪能できる作品だ。ソロはもちろんのこと、二重唱などの重唱、合唱、合唱と重唱がかけあいを繰り広げるスタイルまで、およそ「声」というものによる表現の可能性をこれでもか、と繰り広げてみせる。つまりそれだけに、この作品において重要なのは声の持ち主、すなわち「歌手」の力量ということになるのだが、今回のDOTオペラは現在望み得る最高のキャストだったといっても過言ではない。

 DOTのD=百々あずさのアメリアは、これまで聴いた彼女の歌唱の中でもっともレベルが高かったと思う。音域がなかなか広く、また非常にテクニカルな表現が多い役だが、百々あずさの力量をみせるのにこれほど適した役はなかったのではないだろうか。改めて王道ソプラノとしての実力をみせつけた。レナートの髙田智宏の絶対的な安定感をもった歌唱はもはや適切に評価する言葉が見当たらないほど。イタリア語のディクションの正確さ、そこから引き出される細やかな感情表現の素晴らしさ。「日本を代表するバリトン」の名は彼にこそふさわしいといえるだろう占い師のウルリカは出番こそ多くないが、ある意味物語の核に位置する存在。薄暗い洞窟に住む女占い師ですが決して安っぽくなってはいけない。DOTのT=鳥木弥生の常に品格を失わない声はうってつけで、重厚な存在感が見事だった。

 DOTオペラではお馴染みの与儀巧のリッカルド、伊藤貴之のサムエルはじめ、メンバー全員が実力をみせたのはいうまでもないが、中でも意外性という点で光っていたのがオスカルを歌った中江早希だ。これまでバロック・オペラやモーツァルトなど、比較的軽い声の役を歌ってきた印象の中江がヴェルディ、というのにまず驚いたが、舞台に登場した瞬間から輝くようなオーラで客席を釘付けにしてしまったのは、天性の才能といえるだろう。全員が何かしら隠し事を持ち、最終的にはそれがもとで悲劇を巻き起こしてしまう非常に暗い内容の『仮面舞踏会』という物語の中で、唯一、爽やかな清涼剤のような存在がオスカル。中江さんの軽めの声と高音のすばらしいアジリタは、そんなオスカル像にピッタリとはまっていた。また、第3幕の重唱では同じソプラノのアメリアと同じメロディを歌うのだが、その内容の違いに声の違いが重なり、見事な効果を上げていたのも印象に残った。

 公演は演奏会形式で譜面台を置き、男性陣は全員燕尾服、女性は役柄を反映したドレスやズボン姿でしたが、アリアを歌う時だけ真ん中のスペースに出てきて暗譜で歌うというかたちは、音楽を「聴く」のにとてもよかった。また、場面の応じて背景に映像が投影されたが、これが非常に美しくてセンスが良く、物語の情景や雰囲気を盛り上げるのに効果を上げていた(映像空間プランナーは荒井雄貴)。DOTオペラは前回の「アイーダ」の合唱も素晴らしかったのだが、今回もとても演劇的な歌唱で、実力派のソリストたちに引けを取らない出来栄え。そして、ピアノ1台でありながらオーケストラのような多彩な音色を繰り出すDOTのO=小埜寺美樹、大がかりな音楽にかなりドライブをかけてグイグイと引っ張っていった指揮の辻博之、両者の功績も大いに讃えておかなければならない。ピアノ伴奏の演奏会形式では衣裳やオケの助けがないために「音楽の骨格」があらわになるものだが、それだけに音楽のどこが聴きどころなのか、惹きつけられる場所はどこなのか、というのがとてもわかりやすい。実力者が集結したDOTオペラの『仮面舞踏会』は、まさに演奏会形式の利点を存分に活かしきった、非常に密度の濃い芸術だったといえる。

2022年8月16日、たましんRISURUホール・大ホール。

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