父の車で

いまから30数年昔、
友達とのやり取りはもっぱら直接会って話すか、交換日記や手紙と
長電話禁止と小言をいわれる一家に一台の家電話(コードレスじゃない)だけだった。

中学3年のとある土曜日の午後、同級生のみっちゃんとうちで会う約束をしていた。みっちゃんの家はうちから徒歩15分くらいさらに学校から離れたところにあった。部活も一緒だったので、帰りはよく一緒に下校する仲だった。

ところが当日、6つ離れた妹も友達と約束を取り付けてきていた。三人兄妹、五人家族の我が家は3DK+中庭住まい。部屋がひとつ足りなくて、妹と部屋をシェアしていた。友達を呼ぶ時は、出来るだけ事前申請、被った時はじゃんけんで勝負するルールだった。

「前から言ってたのに!」と言っても末っ子で強気の妹も一歩も引かず、
三回勝負のじゃんけんをした。どんな勝負だったかはもう思い出せないけれど、あっさり負けた。
「お姉ちゃん、さっさと机片付けて散らかってる洋服とかきれいにして出て行って!」と無情だ、鬼だ。

泣きそうだった。時計をみるとみっちゃんはすでに家を出てる時間。
玄関で迎えて事情を話して、どこか出かけようかなと思ってはみるものの
無性に腹が立つ気持ちが押さえられない。
廊下で買い物から帰ってきた両親と出くわした。
横暴な妹と、狭い家とじゃんけんに負けたこと、誰のせいでもないけど
ぶちまけた。

母は笑って、「仕方ないやん、負けたんやろ?」という。
余計腹がたつ。
「みっちゃんが好きそうなお菓子いくつか買ってきたんやけどなぁ。持って帰ってもらい」って、なんだそれ!

黙ってた父が、「スペースだけのことやったら、車貸したろ」といった。
「エアコンつき、ステレオつき、座って喋るだけやったら十分やろ。お菓子も持ってたらいいやん。そのかわり絶対にギアとかアクセルとか触ったらあかんで」

初めてのことで、呆気に取られてる間にみっちゃんがもう来た。

父がサラリと事情を説明すると、みっちゃんはものすごく喜んだ。
2人して家の前のガレージに向かって、運転席と助手席に座る。
いつもは、後部座席にいることが多いから、ちょっと嬉しかった。

お気に入りのカセットをかけて、クーラーを入れて窓は閉める。
もう誰にも邪魔されない。
しばらくして母がトレイに、みっちゃんが好きなバナナマフィン二つと
チロルチョコ、おにぎりせんべいと缶ジュースを二つ載せて持ってきてくれた。

当時まだドライブスルーというのもなく、ドライブインシアターもなく
そんな時代だったから、とても新鮮だった。
ガレージは家の前の道を挟んだところにある小さな古墳に面していた。
京都市が管理している古墳で立ち入り禁止の小さな丘のような古墳。
父の車は古墳に頭を向けて停められていたので、前は緑一色だ。

みっちゃんが姉からの手土産だといって、バイト先のマックのアップルパイを二つ持ってきてくれてた。

全てが特別に感じられた。さっきまでの怒りは嘘みたいに晴れ、むしろ妹に感謝だ。

受験のこと、部活のこと、恋バナ、いろんな話しをたわいもない話をしながら頬張ったアップルパイ、ほりこんだチロルチョコ、かじったおにぎりせんべい、バナナマフィンは私は実はあまり好きではなかったんだけど、その時は美味しかった。一緒だから美味しい、一緒だから楽しい。

どのお菓子も特別じゃないけど、30数年経った今も続いてるお菓子。今も、それらを食べるとその時のことを思い出す。

中学3年間でいちばん好きな瞬間だったかもしれない。


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