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源氏物語①:永遠のNO.1〜出会い編

私のことを個人的に知っている人は、既に大部分が私が大の源氏物語フリークであることはご存知だと思う。

11歳で出会ってしまったあの日から、未だに私にとっての永遠且つ珠玉のナンバーワンストーリー。どの小説家よりも、私は紫式部を尊敬している。だって、彼女はまずもって女性だし。そして、源氏物語は平安時代から実に1000年以上、読み継がれ、訳され、愛され続けているわけだから。そんな小説家冥利に尽きることなんて、ないんじゃないかと思う。

そもそも源氏物語と私の出会いは、申し訳ないが、非常にミーハーなものだ(あ、そう言ったら非常に失礼かと思うけど)。きっかけは、TVドラマだったのよね。当時、私は確かスイスはチューリッヒに住んでいて、日本の放映された源氏物語のTVドラマを誰かからビデオ(!!)で借りて、観たの。橋田壽賀子先生が書いたドラマでね。光源氏を東山紀之さんが演じていて。それこそ、橋田ファミリー総出演のそれはそれは豪華なTVドラマでした。藤壺の女御、紫の上をいずれも大原麗子さんが演じて。大河ドラマの春日局が大好きだったから、一気にその世界に引き込まれてしまったのよね。

で、思い返すと、何故、そんなにこの物語に惹かれたかというと。それは、当時、外国に住んでいたから、無性に日本の文化、自分のルーツを知りたいというのもあったのだけど。それよりも、私は、ああ、これは女性たちの色々な生き方の物語なんだな、と思ったのよね。主人公は、それは確かに光源氏なのだし、彼の恋愛ストーリーと思われがちなのだけど。私には、色々な女性の生き様、憂い、戸惑いが垣間見れて、そして、どの女性たちも決して人生の主人公でいられない、男性社会の中での諸行無常のお話のように思ったのよ。

私は、小さい頃から、男女の社会的に積み上げられてきた差異にとっても敏感で。だから、職業婦人であった紫式部(中宮彰子の女房であり、彰子のサロンを盛り上げる為の家庭教師的な役割)、春日局(徳川家光の乳母であり、大奥の礎を作った大奥総取締役)への思い入れが強かったのね。当時はそうしてしか、女性として活躍をする場面はなかったわけだし。その中でも彼女たちは自分たちの才で社会にインパクトを与えたことに幼い私は感銘を受けたのね。因みに、春日局にハマった時代は、吉屋信子さんの書いた『徳川の女たち』という小説が愛読書で。歴代の徳川家の正室や側室や大奥総取締役の名前と、各大名との婚姻関係ばかり考えていたわよね。

その後、日本に一時帰国した私は、橋田壽賀子先生のドラマが書籍化されたものを購入し。図書館に通い詰めて、ひたすら源氏物語研究の本ばかりを読み漁り。その後、瀬戸内寂聴さんが、『女人源氏物語』という、女性の語り口で源氏物語を訳した本にいたく感銘を受け。

本格的に日本に帰国した14歳の夏休みには、夏の自由研究として、話し言葉の『源氏物語ー桐壺』を書いて、翌年には『源氏物語ー箒木』を書いたのよね。橋本治さんの『桃尻語訳枕草子』というのがあって、それを源氏物語でやってみたというのだったのだけど。後にも先にも、あの中学2年間の夏は、最高に楽しかったわね。毎日籠って、色々な源氏物語の現代訳と睨めっこして。もう、本当にこれまで数々の人が現代語訳しているでしょう?谷崎潤一郎、与謝野晶子、円地文子、田辺聖子…その人たちの訳文を見比べて、噛み砕いて、口語にして。谷崎や与謝野に至っては、最早、現代語訳のくせに、古文みたいな領域だから、ね。兎に角、ずっとずっと読んでいて、本当に楽しかった。

その傍ら、研究書を読むのも好きだったの。源氏って、あらゆる角度から研究がなされているから。着物の重ねについてを論じているものとか、死生観・自然・宗教観から論じているものとか。その中で、今でも最も記憶に残っているのは、源氏物語の中での天皇家VS藤原氏の構図という観点。源氏物語の中では、必ず天皇の血筋の人が勢力争いでは勝つようになっていて。なので、源氏物語は反藤原氏の話だ、という視点のもの。私は、歴史も大好きだし、家系図とかを書くのもいちいち好きだから、もう際限なく広がるテーマにワクワクしたものよ。

まあ、そんなこんなで、源氏物語との出会いの結果、仮名文字や、香合や、和歌にも興味を持つようになり、はたまた漢詩(ほら、源氏ってやたらと長恨歌の影響で、比翼の鳥とか連理の枝とか出てくるから)も読めるようにならないといけなくなり(本当に、紫式部って博学)、当時の風習のことも知らないといけなくなり(方違えとか、物怪とか、斎宮・斎院とか、新嘗祭とか、青海波とか、もう国語の時間はほぼ国語便覧ばかり熟読するようになる)、もう京都の街のことも知らないといけなくなり(どの辺に誰の屋敷があったとか)、それはそれは一大テーマとなってしまったわけでした。

源氏って、根本に流れる思想、テーマが生・死、もののあはれ、無常観と思われるから、やがては、日本のそういった宗教的な神々の要素ももっとわかりたいと思うのよね。

私が京都に思い入れが深いのは、その地でやはり源氏物語が育まれたからであり。いつかその地で、再度真剣に源氏と向き合う日々を送りたいというのが、私のこれからの野望よね。うん、やるわよ。

そんなに大好きな源氏物語の研究を、どうして仕事にもしなかったのかは、大いなる七不思議。でも、ほら、社会的に積み重ねられた性差に妙に敏感だった私は、ある日、文学ではなく、もっと直接的に社会にインパクトを与えねば!!とかなんとか、よく分からない正義感みたいなのが芽生えて(しかも、その当時はボーボワールの『第二の性』とかに妙に感化されてしまったから)、妙に実存主義的な思考に目覚め(高校時代はひたすら、哲学的なことばかり考える子だったし)、一気に実利的なことに傾いていったけど。

でも、自分の本質は、やっぱり、書くこと、内省すること、考えること、表現することにあると思うのよ?高校時代は、果てしなく演劇とバンドばかりやってたから、ね。

まだまだ長く生きないと、やりたいと思っていることの10%も出来ずに終わってしまうわ・・・急がねば。

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