見出し画像

子育ての中で気を付けている、数少ないこと

私が母親になって、早くも8年が経ってしまった!!!18歳が成人だとすると、あと10年。それ以降は、子供は自分で責任をもって色々な決断をしてゆかなければならない。

この世に生まれてきた息子に初めて会った日に思ったことがあった。

それは、ああ、この人はついさっきまで私のお腹の中で一体になっていたけど、紛れもなく自分とは違う意思を持った、別人格であるということ。

そして、もう一つ。赤ちゃんは生まれながらにして、既に人格を有しているということ。

ちゃんと、意思があるし、自分を持っている。泣くのには理由があったし、それを伝える術を身につけている。ああ、その声を、この人がどういう気持ちでいるかを、聞いてあげないといけないな、と思った。

↑そんなことを感じた私は、退院後の助産師訪問で、幾つかのアンケートに答えた。複数の質問にスケールで答えるみたいなものだったのだが。

↑で感じたままに。

「あなたは、子供と一体感を感じますか?」という質問に対し、スケールほぼゼロの回答。

「あなたは、赤ちゃんを身近に感じますか?」という質問に対し、スケールほぼゼロの回答。

いやあ、赤ちゃんは、私と違うし。別の人格だし。この意味、よく分かんないなあ。。。と思っただけだったのだが、↑の回答はたいそうまずかったらしく。

ネグレクト母親と思われたか、産後うつの要注意な母親と判定されたか。度々、助産師からフォローアップの電話がかかってくる結果となってしまった。

ここでの正解は一体感や身近に感じるに、◎をつけることだったようだけど。ま、違った感覚を持った母親の私は、もれなく↑みたいな答えをしてしまったわけである(そんなん、知らん)。

さて、そんな私は、実は子供に期待することって、ほぼほぼなくて。子供は、天から預かった宝物だと思っているので。その天から与えられて持ってきたその人らしさを、なるだけ損なわないように、育ててゆければ御の字と思っている。

だから、なるべくその子について、否定的なコメントをしない。断定的なことを言わない。

このことには、非常に気を遣っている。

子供にとって、大人の言葉、特に親の言う言葉って、すごく大きいと思っていて。

知らないうちに、その子の思想に刷り込みをしてしまうことがあるように思っている。

例えば、「あなたって、本当に片付けれれない子よね!!」と親が言ったとする。その子は、それを言われ続けると、自分は片付けられない子と自己自認してしまうようになると思うのだ。

だから、↑みたいなことは、決して言わない。「部屋が散らかってきたから、片付けよう!」と言う。その事実を、その子の評価と結び付けないように気をつけている。

ウチの子は、字の書き方が、かなり雑で、丁寧に、綺麗に書こうとしてくれない。でも、それを、決して、「あなたって、字がきたいないわよね」だとか、「字をもっと丁寧に書きなさい!」とは、言わない。なるべく、評価をしないで、事実を言う。

「お手本を見て、書こう」とか、「濃く書いてみよう」とか。

色々な表現をニュートラルにすることを心がけている。そして、何かを評価するとき、バイアスがかかるような発言をする時には、「ママは、こう思うけど、それはママの考えや意見であって、そういう感想を持たない人もいる。あなたは、どう思うの?」と聞くようにしている。

勿論、いつもいつも、↑ができるわけではない。でも、なるべく、その子が、その子らしさを失わないように。そして、なるべく親のバイアスがかからないように(勿論、それでも十分にかかってしまうわけだから)、かなり気を付けている。

そして、一番、何よりも心がけていることは、あなたはあなたのままで、最高だということ。君はママの宝物だし、この世に生きていてくれるだけで、ママは最高に幸せだってこと。これは、ことあるごとに伝えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?