踊らされる愚者〜中村文則『カード師』感想文

『疑問に思ったことを、読後感想として』

 佐藤は英子の死後、彼女の生を(それが私達が通常用いる『生きている』という状態とは違ったものだとしても)強く願っていた。どんな形であっても良いから、彼女が生きていてくれたらいいと。

 一方で、英子の妹である女性は姉の死後、鈴木英子という名で弁護士として働いていた。姉の名を使い、まるで自分が姉の生を引き継ぐかのように。 

この2人の共通点は、共に英子に対して尊敬の念を抱いていること。または強い愛情を抱いていること。

そしてこの物語において主人公は、そんな二人を引き合わせる役割を果たす。あるいは二人に翻弄される『愚者』として。どちらかというと読んでいて僕には後者のように、つまり主人公が『愚者』のように思えた。その理由は以下の通り。

 佐藤はスマホもパソコンも所持しない人間だったか?まさかそんなことはないだろうと思う。

だとしたらだ…佐藤は英子の死後、彼女の生きた軌跡をネット上に求めたりはしなかったのだろうか?愛した女性の名を検索エンジンの空白に入力し、エンターキーを押したりしなかったのだろうか?弁護士として活動していた英子であるから、ネット上を検索すれば何かしらの情報がヒットするのではないかと思う。弁護士事務所のホームページだったり、SNSのページだったり…何かしら英子の情報、画像などがヒットするのではないだろうか。

そして、もし佐藤がそのようにネット検索を行えば英子の妹が姉の名を使い、弁護士として活動していることを知り得たのではないかと思ったのだ。死んだはずの鈴木英子が、今もなお、弁護士として活動している、その不思議な状況に佐藤はまずは驚くだろう。まさか、英子が本当に生きているのか、と。でもまさかそんなはずはあるまい、と佐藤は思う。一体どういうことだ?と。あとは…佐藤は部下を使ってその不思議な状況を解決するに至っただろう。ということで、主人公の存在の有無にかかわらず佐藤は英子に(彼女の妹に)たどり着くことができたのではないかと思うのだ。ん?そもそも佐藤と英子の妹は互いに相手の存在を知っていたんでしたっけ?またきちんと読み返す必要がありそうです。

では、この主人公が存在する意味はどこにあったのだろう?

この物語は『愚者』である主人公が一連のイベントを経て、『世界』へと向かう物語のようにも読める。ちょうどタロットカードの始まりの『愚者』からスタートし、最後にあたる『世界』へとたどり着く物語。それは言い過ぎだろうか?

それにしても…佐藤は本当に鈴木英子のことを愛していたのだろうか?

もう一つの疑問を。エピローグでの主人公とブエルの場面。主人公がめくったカードが、一体なんだったのかという問題。ブエルは言う、佐藤の友人Iはかなりいいところまでいっていたと。何度か再読すれば答えが出るのかな。

中村文則さんの作品は再読するとますます理解が深まったり、かえって謎が深まったりといつも楽しく読ませていただいてます。





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