産業の集積

設問 産業の集積が生じる地域とはどのようなところか。


1.はじめに

 産業の集積とは、地理的に近接した特定の地域内に多数の企業が立地すると共に、各企業 が受発注取引や情報交流、連携などの企業間関係を生じている状態をいう。内閣府の調査によれば、「産業集積の効果については、①地域としての危機意識と実行力、②地域資産を活用する産業の選択、(3)多様な連携を推進する機関、(4)起業、中小企業を支援する仕組みの4つが主な要素として働いていること」が分かっている。このような産業の集積を利用して地域や企業の生産性や競争力を高めようとしている。それゆえ、産業集積のメカニズムを知ることは地域の再生や活性化につながる重要なカギとなりうる。それでは、産業の集積が生じる地域とは、どのようなところであろうか。

2、先進地域
 地域の移動が自由に行われる世界では、労働力はより高い収入を求めて、先に工業化した先進地域に集まることになる。また先進地域は高い工業力と生産力を有するので、多くの労働力を必要とする。多くの労働力を集めた先進地域はさらに大量生産が可能となり、生産性を高め、コストを下げて、より安価で高品質の製品を製造できるようになる。多くの労働者と家族が先進地域に集まるようになり、人口が増えるようになれば巨大な消費地として、さらにさまざまな産業が集積するようになる。このような経緯を経て、先進地域はさらなる発展を遂げることになる。
 たとえば、日本レベルでいうと、京浜工業地帯や中京工業地帯、阪神工業地帯、北九州工業地帯は、太平洋ベルト地帯とよばれ、工業都市が集中し、それぞれ東京、名古屋、大阪、博多といった大消費地を抱えている。これに対して日本海側は太平洋側に比べると工業都市が少なく、消費地も限られている。さらに内陸部に至っては農村地が多く、農村の次男、三男が大都市への労働力の供給源となっていた歴史的経緯がある。日本が高度経済成長期と言われた1950年代後半から1970年代初頭にかけて、農村の労働力が大量に都市部へと流入し、大都市がより大きく発展し、農村部の過疎化がより進んだ。労働力を確保した都市部では、労働者とその家族が消費者となり、さらにさまざまな産業が生まれ集まる要因となった。
 よって、産業が集積する地域として先進地域があげられる。

3、異業種の産業の集積
 このように、大都市には消費者が集まるようになり、道路、港湾などの社会資本の整備も比較的早い段階でなされることから、工場や産業が集積しやすくなる。ひとつの工場が建設されれば、その工場に原料や製品・エネルギーを供給する工場が生まれ、異業種の工場群や産業群ができることになる。
 昭和30年代の日本では、川崎市、四日市市、尼崎市、倉敷市水島、北九州市の各港湾都市に石油コンビナートが建設され強大な工場群が形成された。各都市の周辺には工場労働者やその家族たちが住む大都市が存在し、多くの産業が集積することになった。
 もっとも、環境に対する意識の低さによって集中した工場群から深刻な公害が発生し、環境汚染や地価の高騰・工業用水の不足などいわゆる集積の不利益を発生させ、結局集積した工場群は大都市から郊外に分散されることになる。

4、同業種の集積
(1)異業種の集積に対して、同業種の産業の集積も考えられる。同業種の集積では連続する工程の分業が認められ(サプライチェーン)、地域に多くの中小企業が集積して繁栄している。ハイテク産業やIT産業でよくみられるが、従来の工業分野でも同じようなことがいえる。例えば自動車産業のトップメーカーであるトヨタでは、自動車の部品は多種多様に広がるので、トヨタに納入する中小企業群がトヨタの創業地である豊田市に集積するという状況がうまれている。
 同業種の集積が成立する要件としては、①補助産業の成立、②専門的労働市場の形成、③技術・知識・暗黙知の溢出効果、スピルオーバーが指摘されている。これらの条件の特徴は、物理的距離ではなく人間関係の親密さである。親密な人間関係のネットワークが集積の要因となっている。
 このような、特定分野において相互に連結する企業群と関係機関群が地理的に集中している状態のことをクラスターと呼び、形式上は産業の地理的集積である産業集積と似ているが、そうした企業群が競争しつつ同時に協力し、共通性や補完性により連結しているという点において単なる産業集積とは異なると指摘されている(2)。
 具体的には、米国のシリコンバレー(マイクロエレクトロニクス、バイオ)、シアトル(バイオ、IT)、ピッツバーグ(医薬品・バイオ、IT、生産技術)、サンディエゴ(医薬品・バイオ、通信)やイギリスのエジンバラ(IT、バイオ)、スペインのカタロニア(電子機器、通信、バイオ、新素材)などがあげられる。
(2)ゲーム産業やアニメ産業のクリエーターが東京に集積するのも同業種の産業集積論で説明できる。
 内閣府の調査によれば、国内のアニメーション制作会社(430社)は、東京都に集中し(359社、約83%)、特にJR中央線、西武新宿線及び西武池袋線の各沿線に集まっている。とりわけ練馬区(74社)と杉並区(71社)は、世界有数のアニメーション産業の集積となっている。
 それは、60年代に、東映動画(練馬区東大泉)、虫プロ(練馬区富士見台)、東京ムービー(杉並区南阿佐谷)といった大手アニメ制作会社が移転してきて、周辺にその仕事を請け負う中小制作会社が集まってきたことが、この集積のきっかけであった。
 分業している関連制作会社が近くに集まっている方が、撮影したフィルムの輸送や品質不良の手直しなどに柔軟に対応できる。そして、日本初の劇場用カラー長編アニメである「白蛇伝」、日本初の連続テレビアニメである「鉄腕アトム」、そして「巨人の星」、「ルパン三世」、「機動戦士ガンダム」、「風の谷のナウシカ」などが制作されていった。
 著名なゲーム産業のクリエーターが東京に在住していることも特徴だ。アニメで言えば、東京に本拠地を置くジブリの宮崎駿、高畑勲である。アニメ界をけん引するクリエーターを慕って多くのクリエーターの卵が東京に集まった。そのクリエーターたちが育ってさまざまな制作会社を立ち上げたり所属したりすることで、さらなるクリエーターの集積が起こっている。
 ゲーム産業も京都に本社を置く任天堂は別として、セガやソニーなどのゲーム機メーカーやカプコンなどのゲームソフトメーカーが黎明期のゲーム業界の中心となったため、ゲームのクリエーターが東京に集まっていたという事情が存在する。著名なクリエーターと情報交換するならば東京に集まるのが手っ取り早く、このことが東京にクリエーターが集まる要因となっている。


4、おわりに
 これまでみてきたように、産業の集積は、後進地域から先進地域へ、異業種の集積、同業種の集積のようにはじめは自然発生的に起こる要素が強いようにも思える。しかし、産業集積のメカニズムを知ることで、意図的、人工的に産業の集積を作り出せるのではないかと気づく。産業の核となる工場や人物、制作会社を誘致することで次々と関連する企業や人が集まってくる仕組みをつくることができれば、地域経済の再生や活性化につながるのではないかと考える。(2953文字)
 
参考文献
(1)山本健兒著 「P.クルーグマンとA.マーシャルの産業集積論」
https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4360760/670405_p001.pdf  2024年1月19日アクセス
(2)内閣府 「地域集積の活性化を模索する各地の実例
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr03/chr03_1-1-1-0.html 2024年1月20日アクセス

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