裁判員制度の運用状況と運用上の課題について


一 裁判員制度の運用状況について

 1 『裁判員制度10年の総括報告書』(令和元年5月 最高裁判所事務総局)の裁判員制度に対する評価はおおむね好意的にとらえられており、裁判員制度は順調に運用されてきたと結論付けられている。

 裁判員制度に対する国民の受け止め方については、裁判員を経験した者に対するアンケートにおいて、よいと感じた、非常に良いと感じたをあわせて、96,7%に及ぶなど極めて好意的に評価されている。

 2 裁判員の選任状況についても、辞退が認められた裁判員候補者の総数を選定された裁判員候補者の総数で割った辞退率は上昇傾向にあるものの、現在の辞退率は,制度の安定的な運用に差し迫った影響を及ぼすレベルには至っていないと結論付けている。

 3 公判前整理手続、審理計画、冒頭陳述、証拠調べ、書証、鑑定、論告、弁論、評議、判決の各過程において裁判員に対する配慮が行われ、裁判の迅速化やわかりやすく理解しやすい手続が進められている。以前は法廷外で記録を読み込んで内容の詳細を把握するというやり取りを専門家同士で行っていたが、裁判員が裁判に参加するようになって、公判廷で必要な範囲内で直接証拠に触れ、的確に心証を得ることができる審理の実現に向けて工夫や努力が行われるようになった。調書裁判から公判中心主義の理念が現実化するようになった。

二 運用上の課題

 1 アンケートの結果より、①身近である ②手続や内容が分かりやすい ③迅速である という三つの項目が「裁判員制度が始まる前の印象」より「現在実施されている裁判員裁判の印象」において高い点数となっている点を総括報告書は評価している。

 確かに、これらの項目が高いことは、裁判員の負担を軽減し国民の裁判員制度への参加を促す要素にはなるだろう。しかし、裁判員制度の本質は、国民の視点・感覚を裁判内容に反映させ、司法の国民的基盤を強化する点にある。アンケート項目の(e)国民の感覚が反映 (i)自分の問題として考えているという項目が裁判員制度が始まる前より高くならなければ、真の意味での司法の国民的基盤の実現とはいえないのではないか。

 2 このことは、裁判員の選任状況についても現れている。総括報告書は「現在の辞退率は、制度の安定的な運用に差し迫った影響を及ぼすレベルには至っていない」と表現するが、辞退率が66%を超え、選定された国民のおよそ3分の2が裁判員となることを辞退する現実はそもそも国民一般に裁判への参加を促すことは難しいことを示しているのではないか。最高裁判所はこの原因を①審理予定日数の増加傾向,②雇用情勢の変化(人手不足,非正規雇用者の増加等),③高齢化の進展及び④裁判員裁判に対する国民の関心の低下などといった事情に求めている。しかし、私はそういった表面的な理由ではなくもっと根本的に、日常的に仕事を有する者が仕事を休んで裁判に参加することが認められる国民的コンセンサスが得られていないと思う。これはひとえに裁判員制度だけでなく、労働環境や商慣習など日本の社会構造全体の問題とも密接に絡んでいるように思う。

参考文献
『裁判員制度10年の総括報告書』(令和元年5月 最高裁判所事務総局)https://www.saibanin.courts.go.jp/vc-files/saibanin/file/r1_hyousi_honbun.pdf

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