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平凡な人生に、平凡な主人公

 人生が平凡すぎて、語れるエピソードがない。毎日好きな本を読んで、特にチャンレジもせずに生活を送っている。意識が低いわけではないが、人生や自分自身に絶望しているわけではない。だが、決して自尊心が高いとも言えない。「平凡」だと、自分基準で思っている。

 誰かに、「日本に生まれただけでも幸せだ」とか「平凡が一番良い」なんて言われそうだけど、私は心も体も一つしかないし、発展途上国の貧しい人たちと同じ状況とか気持ちになんてなれない。これは非情とかじゃなくで、事実で日本に生まれたから、日本基準で物事を考えてしまう。もちろん貧しい人たちのことを思うこともできるけど、実際の人たちに比べたら私がそれを感じるのと、現実はその1億倍くらいしんどいどろうし。むこうの人たちも裕福と言われている「日本人の気持ちになれ」って言われても想像はできないだろう。現実身も無いし、本当の気持ちになんてなれるわけないって思うよ。多分。だから、育った日本基準でしか物事を考えられない私は、「平凡な人生だなぁ」という答えになってしまう。

 これからまだまだ続く人生で、この平凡な日常何かスパイスを加えるのも私しかいなくて、他の誰かがやってくれるわけない。行動を起こせば、必ず何かは変わる。わかっているけど、それで本当に行動できる人は、ごくごく僅かなんだろうなぁ、思っているだけで、行動できていない私は、何かしらの来るはずもないターニングポイントを待って、気が付けば棺桶、いや、気が付く間もなく棺桶の中に入れられているのだろうか。最近将来を考えていると、少し怖くなる。

不安が人を強くする

 今後「AI」がどうとか、「今ある仕事のほとんどが無くなる」とか、人生設計がとても難しい。いろんな情報を取り入れるとさらに混乱して、頭がごちゃごちゃになる。今わかっていることは、「学び続けること」これだけ、本当にこれだけ理解している。これは、大学のゼミの教授が最後に、私にくれた言葉で「学校だけが学びの場ではありません。常に学び続けてください」この言葉だけ、今信じれる言葉なのかもしれません。

 本当に何が起こるかわからない世の中で、常に入れ替わり、新たなビジネスが出来上がり、気が付けば世界はそれに順応している。怖い、怖すぎる。

 自由という荒野に解き放たれた私は、何をするにも自由。言葉だけではポジティブのようだけど、現代人にとっては苦しめる意味に変わるだろう。

生き方に正解なんて無いんだろうね、人は勝手に想像して、勝手に不安になる、ほんとに素晴らしい能力。頑張って生きてみようかな

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