主要企業による低品質の炭素オフセットへの需要が、自発的炭素市場の気候緩和効果を損なっている可能性

メタデータ


どんなもの?

この論文では、2020年から2023年にかけて自発的炭素市場(VCM)からオフセットを大量に購入した20社を分析し、これらのオフセットがどの程度気候に有益かを評価しています。主な焦点は、オフセットの品質を測る4つの指標(プロジェクトのリスク、プロジェクトの年齢、クレジットの価格、実施国)に基づいて、これらのオフセットが本当に排出削減に寄与しているかを調査することにあります。


先行研究は何をしていて、何が足りない?それに対してこの研究はどこがすごいの?

先行研究では、VCMにおける多くの炭素オフセットプロジェクトが、主張通りの排出削減を達成していないことが批判されてきました。特に、REDD+(森林保護)や再生可能エネルギープロジェクトが「追加性」に欠け、過剰にクレジットが発行されていることが問題視されています。しかし、これまでの研究は主にプロジェクトレベルでの分析に集中しており、企業レベルでのオフセット使用に関する包括的な調査は行われていませんでした。

この論文の新規性は、企業レベルのオフセット調達に着目し、それらが気候に与える効果を大規模に分析した点にあります。特に、企業が低品質で安価なオフセットを購入することで、VCM全体の気候緩和効果を損なっているという具体的な証拠を提示している点が画期的です。


目的設定や手法はどこにあり、どのようにつながっている?

本研究の目的は、「大手企業が購入する炭素オフセットが、高品質で気候に有益であるかどうか」を明らかにすることです。そのために、以下の4つの指標でオフセットを評価しました:

  1. リスク: プロジェクトが排出削減を誇張するリスクの有無。

  2. 年齢: プロジェクトの開始年とクレジットの発行年が最新の業界基準に合致しているか。

  3. 価格: 高品質のオフセットは通常、高価であるため、価格の高さで評価。

  4. 実施国: 特に再生可能エネルギープロジェクトについては、技術の普及が進んでいない国で実施されているかどうか。

これにより、企業のオフセット調達行動がいかに低品質のプロジェクトに依存しているかが浮き彫りになりました。


どうやって有効だと検証した?結果の分析の際に何を示した?

この研究は、VCS(Verified Carbon Standard)、CDM(Clean Development Mechanism)、GS(Gold Standard)という3つの主要なオフセット登録システムから、2020年から2023年までの間に退役された134百万トンのCO2相当のオフセットクレジットを対象に分析を行いました。結果として、87%のクレジットが「高リスク」カテゴリに分類され、追加的な排出削減を提供していない可能性が高いことが判明しました。また、オフセットの大半が古いプロジェクトから発行されたもので、特に安価なクレジットを求める傾向が顕著でした。


議論はある?

本研究は、VCMの信頼性に重大な疑念を投げかけています。多くの企業が自社の排出量削減の代替手段としてオフセットを利用していますが、実際には低品質のオフセットが選好されており、その結果、真の排出削減にはつながっていないと結論づけています。さらに、炭素オフセットが気候インテグリティを損なう「グリーンウォッシング」のリスクも指摘されています。


論文の専門用語

  • 追加性(additionality): プロジェクトがオフセット収益なしでは実行されなかったとみなされる場合のこと。

  • REDD+: 森林減少や劣化を防止し、その結果生じた排出削減クレジットを販売するメカニズム。

  • VCM(自発的炭素市場): 企業や個人が自主的に炭素オフセットを購入し、排出削減のために貢献する市場。


定量的な前提情報

  • 分析対象: 2020年から2023年にかけて退役された134百万トンのCO2相当のオフセットクレジット。

  • 87%のクレジットが「高リスク」カテゴリに分類され、信頼性が低いと評価された。

  • リタイヤクレジットの75%は、業界基準(2016年以降のクレジット)に合致していない。


この論文を読む前に把握すべきこと

  • カーボンクレジット: 排出量を削減した、または削減すると主張するプロジェクトから発行されるクレジット。

  • グリーンウォッシング: 企業が実際よりも環境に優しい活動をしているように見せかける行為。

  • 再生可能エネルギープロジェクト: 風力や太陽光などの自然エネルギーを利用して、化石燃料を代替しようとするプロジェクト。

この論文で分析された結果によると、以下の企業が特に低品質のオフセットを大量に購入しているため、そのオフセットの購入は気候への影響が低い、または疑わしいとされています。特に以下の企業に注意が必要です。

  1. シェル(Shell)とデルタ航空(Delta Airlines):

    • これらの2社は、2020年から2023年にかけて最も多くのオフセットを購入しており、全体の35%を占めています。しかし、購入したオフセットの大部分が「高リスク」プロジェクト(特にREDD+や大規模再生可能エネルギー)に依存しているため、排出削減の効果が誇張されている可能性があります。

  2. グッチ(Gucci):

    • グッチは、購入したオフセットの100%をREDD+プロジェクトから調達しており、これらのプロジェクトは過去の研究で「高リスク」および「過剰クレジット発行」の可能性が指摘されています。したがって、これらのオフセットは実際の排出削減にほとんど寄与していないと考えられます。

  3. ノルウェージャン・クルーズライン(Norwegian Cruise Line):

    • ノルウェージャン・クルーズラインは、半分以上のオフセットを水力発電プロジェクトから調達していますが、水力発電は「追加性」が低く、政府の支援を受けているため、クレジットの品質は疑わしいとされています。

  4. サソール(Sasol)DPD(パリの配送会社)ペトロチャイナ(PetroChina):

    • これらの企業も古いプロジェクトからのクレジットを多く購入しており、特にサソールとDPDは、2016年以前に開始されたプロジェクトから多くのクレジットを調達しているため、追加的な排出削減に貢献していない可能性が高いです。

  5. チェブロン(Chevron)ボーイング(Boeing)テレストラ(Telstra、オーストラリアの通信会社):

    • これらの企業は、価格の安いオフセットを多く購入しており、特にテレストラは低品質オフセットを99%以上購入しているため、実際の排出削減にはほとんど効果がないとされています。

これらの企業は、主に安価で「高リスク」とされるプロジェクトからオフセットを購入しており、その結果、気候への貢献が限定的であるか、グリーンウォッシングの可能性が高いと考えられています。

この研究に含まれている日本の企業はヤマトホールディングス(Yamato Holdings)です。しかし、ヤマトホールディングスも問題のあるオフセット購入行動を示しています。

ヤマトホールディングスのオフセット購入に関するポイント

  • 全体の5%のみが高品質オフセット: ヤマトが購入したオフセットの5%は、高品質であると評価される条件(年齢、価格、リスクなど)を満たしています。しかし、残りの95%のオフセットは品質に問題があり、特に低価格で、追加性や排出削減効果が疑わしいオフセットを多く購入していることが指摘されています。

  • 再生可能エネルギーオフセット: ヤマトは一部のオフセットを再生可能エネルギープロジェクトから取得していますが、これらのプロジェクトの多くは品質が低く、追加的な排出削減には貢献していない可能性が高いとされています。

ヤマトホールディングスは、部分的には質の高いオフセットを購入しているものの、全体としては低品質のオフセットに依存しており、その多くが気候に対して十分な貢献をしていない可能性があります。このため、日本の企業も低品質のオフセットを利用することで、気候緩和への実質的な貢献が限られているという点において、改善の余地があります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?