哲学的なインムを見た話
淫夢の話をします。
いやらしい夢。
エロ。
そういう話は見たくもないって人は離脱してください。
…離脱せよ
…離脱せよ
…
…
それでもここに残っているあなたのために書きます。
まあ、そんなにすごくいやらしい話にもならないんで、邪な期待は捨ててください。
………
ベッド(か布団か)で、女性と仲睦まじくイチャイチャしている。
妻のような気もするし、別の女性のような気もする。
とにかく、仲睦まじくイチャイチャすること自体はすでに許されている相手であることは間違いない。
そして、ボクはこの女性を強く性的に求めている。
お相手もまんざらではない。まんざらではないが、周りが気になるからここまでって言う。あるいはそういうサインを出す。
でも、もう止められない。
それはお相手も同じようで、言葉(あるいはサイン)ではブレーキをかけながら、手では思いっきりアクセルを踏んでいる。
互いに互いの最もプライベートな部位を愛撫し、どんどんと高まった時、お相手はボクの下半身の衣服をスッと剥ぎ取り、自分のそれも同様にして、ボクの上にまたがってボクのボクを身体の中に受け入れた。
ひとしきり受け入れると、一旦離れ、今度はボクにお尻を向けるように四つ這いになり、手の動きと表情でボクを誘った。
誘われるままに後ろから入り、ますます興奮の度合いを高めたボクは、お相手を仰向けにして交わろうとした。
ところが。
仰向けにしたはずのお相手は、加湿器の湯気が部屋の空気に溶け込むように消えてしまった。
驚くばかりで動きが止められなかったボクは、ワケもわからずシーツにボクのボクを擦り付け、とても悲しい気分に陥りながら目を覚ました。
通常、淫夢を見て目覚めると興奮が残っていたりするけど、この時残っていたのは無力感だった。
求められるままに応えていれば幸せでいられても、自ら求めればその幸せは逃げていく。お前の人生はそうやってできている。
そう暗示をかけられたように思って、心で泣いた。
求めるものは逃げていく。
そんなの寂しいじゃないか。あんまりだ。
でも、今までのボクの人生を振り返ると、確かに当てはまるかもしれない。
これが暗示であるならば、しばらくそれに従って生きようと思う。
自分からは求めない。
求められたら応える。
ボクの手は求めるものに伸ばさずに、
与えられるものを受け取るためだけに使う。
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