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素人だけど胸を張る

少年野球(学童軟式野球)チームの素人監督になって2年目。

1年目はリーグ戦限定Cチーム監督で気楽にやっていたけど、2年目の今年はAチーム(しかないけど)監督で、各大会の監督会議に出かける機会もできたし、何かと責任感じる。

私が素人だなんてことは選手には関係ないので、試合中はサインも出せば選手交代も考えなきゃいけないし、試合が終われば講評もしちゃったりする。

それでも、心のどこかで「素人が偉そうにごめんねぇ」という気持も拭えずにいて。

そういう気持に向きあってみて、ふと思い出した。
それは、私自身が中学生だった時の話。

小学4年の秋から剣道を習い始め、中学でも剣道部に入部した。

しかし、私の代の入学と入れ替わりで、剣道有段者の前任が異動してしまい、新体制には剣道有段者がいないという事態になっていた。

そんな中、剣道部の顧問を引き受けたのは、同年に赴任した若手の体育教師・ヤマザキ先生だった。

ヤマザキ先生は、剣道に関しては大学の教職課程でやった程度の、いわば素人だった。

しかし、ヤマザキ先生は名ばかりの顧問ではなかった。

ヤマザキ先生は稽古道具一式を買い揃え、私の先輩にあたる経験者から所作や基本を習い、ともに汗を流しながら稽古に参加してくれた。

隣の中学(剣道ではそこそこ強い)の顧問にも教えを請うていたようで、時折合同稽古に練習試合もしたし、近隣の中学校の顧問の先生方でチームを組んで区民大会に出場したりもしていた。

ほぼ未経験のスポーツの顧問を引き受け、部員と同じように汗を流す姿は、失礼ながら、微笑ましくもあった。

振り返って思えば、あの時ヤマザキ先生が「経験がないのでお断りします」とか言っていたら、剣道部は顧問不在で廃部(休部)になっていたかもしれない。
名ばかりで一切稽古に関知しない顧問だったらもっといい加減なチームになっていたかもしれない。

ヤマザキ先生が、もしかしたら恥を忍んで、初心者として剣道に足を踏み入れてまで顧問をしてくれたのは、部員を思ってのことだったに違いない。

私は、私たちは、そんなヤマザキ先生の思いに応えられるだけの選手でいられただろうか?

もっと早く気付いてちゃんと感謝しておくべきだった。
いや、今からでも会って感謝の気持を伝えたい。

ヤマザキ先生は、私が卒業して数年後、剣道部の顧問を後から赴任してきた有段者に譲る形で別の運動部の顧問になり、異動で他校へ移った。

もしかしたらもう剣道はやってないかもしれない。
でも、あの時の汗は、今私の素人監督としての立場を強力に後押ししています。

ヤマザキ先生、剣道部の顧問を引き受けてくださり、ありがとうございました!

私も少年野球の監督として、胸を張ってノックを打ち、アドバイスし、采配を振るいます!

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