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堕ちた憧れ3

后野先輩の奇行は日増しにひどくなっていった。
監督からの呼び出しはむしろ回数は減っている。
大きな大会が近付いていて、監督もさすがに「本業」に集中しなくてはならないのだろう。
その分、暗然たる先輩への支配を強めようとでもいうようだった。

最近ではもうパンツもはいていないことが多い。
全裸よりはマシという格好で練習場に現れたり、寮内をぶらついたりしている。
毛を剃り落としてしまって丸出しになったあそこを隠そうという素振りさえ見せず、時にはそこに例の極太くんや、もっととんでもないものを突っ込んでいる。

見かねた先輩たちが何を言っても聞く耳を持たない。
「だって暑いんだもーん」
「最近お呼びが少ないからー、欲求不満なんだよぅ、ふまーん」
間に立たされた羽柴先輩も大変そうだ。
后野先輩に向かって声をあらげる場面も増えた。

トイレのドアを開けるなり、床に仰向けに寝転がり、大股開きでオナニーしている后野先輩の姿が飛び込んできた。
それまでにも先輩のとんでもない姿は何度も目にしていたが、ドアの方へ足を広げた姿勢でしていたもので、目をそらす間もなくあそこを見せつけられてしまった。
「失礼しました!」
慌てて退出しようとした私を先輩は引き留めた。
「ああん、行かないでー、見てって見てって、アリサのイクところぉ」
「あのでも」
「見られたいのぉ、見られながらするの最高ー、もう配信ですっかり病み付きになっちゃってるからさー、アリサのお願い!」
そのまま土下座でもしそうな勢いに押され、とどまることになってしまった。

気に入ってるのかというくらい歌っていて、すっかり耳に馴染んでしまった例の替え歌を、ここでも披露しながらよがりまくる先輩を見下ろしていた。
なんでこんなことに。
それでも、ともかく先輩とふたりきりになれたことは好機だと思い直した。
「あの、后野先輩」
「コール・ミー・ビッチ、マイ・ネーム・イズ・ビッチ・アリサ」
「私、今でも先輩のこと尊敬しています。本当です」
「え〰️、なんてもの尊敬しちゃってるの〰️、部にもっと見習う人いるでしょ。あ、それか林野さん、こっちの世界に興味ありの人ぉ?」
「先輩、お願いですから」
「だ〰️め〰️、アリサの頭の中はエッチなことでいっぱ〰️い」

まるで話が通じない。
さすがに頭に血がのぼった。
この女は本当にあの后野アリサか。
みんなの言う通り、堕ちるところまで堕ちてしまった成れの果てなのか。

学校生活さえ破綻しかかっているという話だ。
さすがに制服で登校しているようだったが、授業中でもかまわずとんでもないことを口走ったり、やらかしたりしているという。
とうにスポーツ特待生を取り消されるか、もっと厳しい処分がくだされて当然のところ、監督の「温情」が働いてギリギリ黙認されているのだとも。
そんな「特別扱い」が一般生徒たちとの間さえ冷えきらせているようだ。

この人は今とても孤独なのだ。
罵倒の言葉が口をついて出そうになるのを飲み込む。
私は何があっても先輩の味方でいるという決意を再確認した。

「私、先輩のためになら何でもしますから」
「よしてよ……」
「え?」
ほんの一瞬、先輩の声に正気が戻った気がした。
だがそれもすぐ、あの妙な具合に語尾を伸ばした頭の悪そうなしゃべりにとって変わられてしまう。
「あ、じゃあさじゃあさ〰️、部屋いってバイブとってきてぇ、え〰️とねぇ、極太3号、いや、4号でいいか。瑞穂に言ったら分かるはずだからぁ。やっぱり指じゃ物足んないしぃ」
3本も4本もあんなものを部屋においてるのか、とあきれそうになりながら、私は了解した。
一端でもこの場を離れられることにほっとしている自分に気付いた。

トイレに行こうとしているところだろう、2年生の先輩ふたりと行き合った。
今はこっちのトイレはやめた方がいいです、と伝えた。
それで察しはつけてくれたみたいだった。
「あのくそ変態が」
心底憎々しげにつぶやくのが聞こえた。
もう反発する気力もなかった。

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