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調教しないと出られない部屋・一部

よくよく見てみれば、側にはペット用のエサ皿や水飲み用のボウルもあり、それぞれにひらがなやローマ字でやはり私の名前が入っている。
それらの意味するところは考えるまでもなかった。

「あなたのしわざなの、カワシマさん!」
彼女はそういう陰湿なことをするタイプとは思えなかったし、もっと言えば、ここまで手の込んだいやがらせをされる覚えもない。
そこまで嫌われるような接点もなかった。
それでも一瞬で頭に血ののぼった私は、彼女に食ってかかった。

「ちが、ち、ちが……」
胸ぐらをつかまんばかりに詰め寄る私に恐れをなして、川嶋津さんは両手を振りながら後ずさった。
何もないところで足をとられ、大きくよろけた。
床に尻餅をつかずに済んだのは、倒れこんだその先にたまたまソファがあったから。

そんな彼女の滑稽な様子に、私もいくらか冷静になることができた。
わざわざ人を怒らせるような度胸は彼女にはありそうになかった。
「ごめんなさい」
ため息まじりのような、吐き捨てるような、謝罪の言葉を口にしながら、あらためて自分が今いる場所を確かめようと周囲を見回した。

学校の教室より少し狭いくらいだろうか。
壁紙や照明器具、それに今しがたまで私が寝転がっていた絨毯などは、かなりの高級感だ。
ただ、部屋の広さに比べて家具類、日用品類が極端に少なく、それが全体の雰囲気をわびしく貧相に見せている。
今川嶋津さんの座っているソファと、セットになっているらしいローテーブル。
少し離れて、私たちふたり手足をのばして寝られそうなサイズのベッド。
他には壁に埋め込まれる形で設置されたテレビモニターがあるだけだ。
私の名前を入れられた忌々しい犬小屋やエサ皿などは、これは家具のうちには入るまい。

「なんなの、この部屋?」
川嶋津さんに尋ねるというより、独り言のように言いながらもう一度部屋を見回して、気付いた。
窓がひとつもない。
それなりの広さもあるし、どこかで空調設備が稼働しているのか、閉塞感や息苦しさは感じないものの。
そしてもっと異常なことには。
「どうなってるの、出入口もないじゃないの」

ドアはひとつだけ。
そこにははっきりと「BATHROOM」、つまりお風呂と記されている。

「確かに浴室だった。トイレもついた」
私の視線の先に気付いてか、川嶋津さんが言った。
その言葉を疑う訳ではなかったが、確かめたいことがあって、私はドアまで歩いていって開いてみた。
確かに、浴室だった。
そして、そこにも窓はひとつもない。
もちろん、どこか別の部屋へ通じる出入口も。

換気は行われ、浴室に排水溝もある以上は完全な意味での密閉状態ではないにしても、人や物が出入りできないという意味で、この場は密室なのだった。
こんな部屋に、私たちはどうやって連れ込まれたというのか。
いや、それ以上に。

「私たち、ここから出られるの?」

調教しないと出られない部屋|藤沢奈緒 #note


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