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ある受刑囚の手記

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2020年7月の記事一覧

ある受刑囚の手記4

ある受刑囚の手記4

ある受刑囚の手記4

受刑者同士争いになることはもちろんあった。
言葉での意思の疎通ができない以上、交尾と同じかそれ以上に簡単に始まるものだった。
食餌やねぐら、交尾相手の取り合いが主な理由だ。

私のいたのは首都に次ぐ第二の都市で、近年の発展度では首都をもしのいでいた。
人権団体のそれなりに信頼できる統計では、受刑者は当時で2000から2500匹。
その中での私のヒエラルキーは、中の上ていどだっ

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ある受刑囚の手記3

ある受刑囚の手記3

話が前後してしまうが、今も私の立場は微妙だ。
広く誤解されているか、あるいはあえて曖昧に報じられているようだが、あの国の司法は、私に対する有罪判決を否定してはいない。

あの国の法律上では、私は相変わらず受刑者ということになる。

詳しくは分からないが、私の帰国に関してはいささか「強引な」方法も取られたようだ。
もともとあの国に、受刑者のその後について定めた法律はない。
そもそもが電気椅子やガス室

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ある受刑囚の手記2

ある受刑囚の手記2

公式の手記の方では、共著者のK氏がごく上品にほのめかしていただけだったと思うが、ケダモノとなる前の私は男を知らなかった。
処女だったということだ。

こう言い換えてもいい。
私は人間の男性と愛し合う前に、受刑者のオスとまぐわったのだ。

はじめての相手は、通りでたまたま出会ったオスだったと思う。
空腹を覚えていた私は、彼が大事そうにくわえていた腐りかけの生肉の方に目がいったのだが、彼の方では性欲の

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ある受刑囚の手記1

ある受刑囚の手記1

その国に死刑という制度はなかった。
代わりに人としてあらゆる権利を剥奪されるのだ。
すべての衣類をはがれ、特殊な薬品を徐々に注入する首輪をはめられる。
まず二本足で立って歩くことが困難になり、手でものをつかむことも出来なくなる。
やがては人間らしい理性や感情もみな失われ、一匹のケダモノへと生まれ変わるのだ。

私もまたそうした受刑者のひとりだった。
卒業旅行で訪れたあの国で、トランクにまったく覚え

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