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覚え書き。

今日の夕方はこんな感じの空でした。

昼に外に出た時には
また暑いのかと思ったけど、
風が吹いて過ごしやすくなりましたね。

空が青かったり橙だったりピンクだったり、
そんな空が「綺麗だな〜」と
思える地球(ほし)に生まれて、
良かったな〜と心底思います。

「美しい」と感じられるのは当たり前じゃない。


さて、長年学び続けている、
自分を知るためのワークが
ここ数日でもあったのですが、
本当に自分自身を知らないと、
貢献にならないということを、
ワークのたびに思い知ります。

今年もあと4か月弱だけど、
今年はこれまでにも
本当にいろんなことがあり過ぎて、
余計にそう感じます。

私が勤務しているスタジオの声優コースでも

「みんな結構自分のこと知らないんだね」

と、
生徒さんに仰る講師もいらっしゃいまして、
(いや、講師の皆さんほぼそうですが)
「やっぱりそうお考えなのだな〜」
と思うと、
演じる人、表現する人はやはり
自分を知っていることは必須なのだと
つくづく感じます。

だって自分ではない誰かを演じるのだから、
自分のことがわからずして
他人のことなんてわからない。

「自分のことなんて全然わかってないよ〜」
と言いながら
素晴らしい芝居をされる方もいるじゃん、
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
そういう方はただただ謙虚であり、
実のところはご自身の
ポジティブな部分もネガティブな部分も
受け入れているのだと思います。

「自分のことくらいわかってるよ」
と言う人ほど、
自分を守るための仮面を被っていることに
気付いていない方が多いと思います。

常に仮面を付けていると、
それが本当の自分だと勘違いしてしまいます。
そして余計に本当の自分に気付きにくくなる。

または、ひとつでも

「これは仮面だったのか!」

って気付くと、今度は

「あれもこれも仮面だったのでは?」
「本当の自分ではなかったのでは?」

…と自分に疑いを持ち始め、
どれが本当の自分なのかもわからなくなり、
自分の本当のピカピカな要素にも
気付くことが出来なくなってしまうんです。
(これは体験談・笑)

それでいい人はそれでいいと思うんです。
そんなことに自ら触れず、
悩みつつ辛いこともありつつ
それでも自分の幸せだけは確保する、
と言って生きている人も大勢います。

でも私は、
何かに、誰かに、
貢献できる私でありたいと思う。

私含め、周りの人たちの、
せめて身近な人にだけでも、
貢献できる自分でありたいと思います。

今は、どんな時でも
「明るく元気な私であること」
が、まずは貢献になってるんだな、
ということに昨日気付きました。

もっと特別なことをしないといけない、
特別な貢献方法を考えないといけない
と思ってました(笑)。

昔から、“自分の長所”を
書かなければいけないことがあると、
「明るい」「前向き」と書いていた私ですが、
それは明るく前向きにしよう!
と思っていただけで、
暗かったりネガティブな自分を
隠してただけだったかもしれない。

「自分は明るいし前向きだ!」
「呆れるほどのポジティブシンキング!」

なんて思っていた時の自分は、
自分の暗さやネガティブさは
感じなくして、なかったことにして、
明るく前向きな「いい気分」に
振り切っていただけなのだと思います。

今、何年もかけて少しずつ、
自分の中のネガティブさや後ろ向きな部分を
本当に認め受け入れようとしてる自分とでは、
“明るさが長所”と言える真実味が違ってきます。

人は両方持っているもの。

それをわかっていないと、
明るさもちょっと間違えると
簡単に歪んでしまいます。

それでは貢献なんて出来ないですよね。

実は、完璧に“自分を知る”ということは
死ぬまで、一生無理だと言われているそうです。

だからこそ、自分を知っている幅は、
少しでも広くなると
生きやすくなるなと感じます。

「今日もまたひとつ、自分を知れたぞ」

とひとつ気付いたからといって、
日常が全て上手くいくとか
そういうわけではないけれど、
どんな自分も受け入れられる器は
拡げて行きたい。

その道は、
嬉しい楽しいで済むものではなく、
まずは痛みを伴うものだったりするけれど、
その痛みを感じ、味わうことこそ、
自分というものを知る第一歩なのだと思います。

そんな、昨日までの学びを経ての、
自分が忘れないようにという意味での
覚え書きでした。
(すぐ忘れるからなー)

この先だいぶ時を経てこれ読んだ時に、
「何言ってるんだ、ちょっと違うぞ」
ってなってなければいいけど😅

いや、でもそれならそれで、
今この時の私はこんな感じでした
ってことで。

地球は今日も美しかった。

佐山直子

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