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われもしかなきてぞ人に恋ひられし
今こそよそに声をのみ聞け

「私もかつてはあの鹿が鳴くように、
あなたに恋慕われたものでした。
今ではこうして壁を隔てて、
よそからあなたの声を聞いているばかりです。」


『大和物語』

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昔々。あるところに雅を好む男性が家を二軒並べて
それぞれの家に妻を持って暮らしていた。
元々いた妻はその土地の人間で、後から来た妻は都会の若い女性。

ある秋の夜、裏山で鹿が一声鳴く。

男が一緒にいた若い妻に「どう思う?」と聞くと
「鹿かぁ、あれって焼いて食べると美味しいのよねぇ」
と言って、男は「なんか違うなー」と思って
隣の家の妻のところに行き、同じことを聞いてみた。
すると彼女は和歌で答えた。
牡鹿は雌鹿を求めて鳴くとされていたので、その声にかつては自分を求めていた夫を重ねたのである。
それを聞いて夫は感動し、若い妻と別れてまた元からいた妻と暮らし始めましたとさ。


文学的な男が好きだ。

「昨日呑みすぎちゃってさー」と言う男より
「昨晩はしたたか呑んだ」と表現されるとグッとくる。

私の胸元を見て
「あるのか無いのか分からない、幽霊みたいな君のおっぱい」
と言った男友達がおり、もうメロメロである。
(ささやかで悪かったな)

文学的な男は賢い(もしくは賢く見える)のが良い。
丁々発止のやりとりをしてくれたら最高だ。
機転とウィットに富んだ鋭い言葉も大好き。
なので、お笑いも無意識にツッコミの方ばかり見てしまう…。


ただし、素敵な文学男子にも欠点はある。

「消えたがり」

が、多いことだ。

私は、割と心が弱いので
それなりの頻度で
消えたり溶けたりしたくなってしまう。
私がそんな調子なのに、
隣で消えたり溶けたりされては
生活もままならない。
私は消えたいだけで、生きていきたいのだ。

夫は私が心を押さえてシクシク泣いていても
「それ何が痛いの?よく見てみなよ。
もう治ってるよ」と
言い放つタイプ。
魚座の宇宙人的感覚で、
感情の機微を読まないので
言葉の刃もどストレート。
雅も何も持ち合わせていない。

そんな人が同じ家にいると
どんどん消えたい理由を潰されていくので
有難いことに私は今日も生きていて今晩炊くお米の心配などをしている。

今日の表題の短歌。
雅を好む夫は、和歌で返した元々の妻を可愛いと思うことはあったのだろうか。
「わー。和歌で返してきた。なんかオッシャレー」って思ったんじゃないのかしら。

私なら「鹿って美味しいのよねぇ」と笑ってくれる若い妻と暮らしたい。
一緒に生きていくなら。

ある程度に鈍感で、物事をまぁるく捉えられるというのも
ひとつの才能だ。幸せに生きていくという才能。

細かいところに気がつき、傷つきやすい文学男子たちには是非
一緒に美味しく鹿を食べてくれる人が寄り添ってくれますように。

美味しいジビエのお店でも調べよっと。

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深淵を覗きたがりの私たち
必要なことは底に無いのに

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