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【書評】「一筋の光」のようなものを見た──『パーティーが終わって、中年が始まる』(pha)

これまでで、いちばん好きだ。
phaさんの本のなかで、いちばん。
刊行されたばかりのエッセイ『パーティーが終わって、中年が始まる』が実によかった。

過去作を挙げるなら、たとえば『ニートの歩き方』はなかなか挑発的な内容だったし、『がんばらない練習』はダメな自分を肯定してくれるような癒しがあった。phaさんの著作に触れて「ほう、なるほど」「いいな」と思った言説は少なくない。でも、今回の本はとにかく刺さりすぎた。

改めて説明するまでもなく、phaさんの発信は当初から興味深いものだった。そもそもアウトプットの量が多く、しかも飽きさせない筆力と新鮮な着眼点が備わっているので、コンテンツに求心力があった。

新しい価値観を提示してくれる「日本一有名なニート」。

ちょっと面倒くさい雰囲気もあるけど、ふわりと、素軽く本質を突いてきて、「ま、いろいろあるよね」と弱き者、できない者を肯定してくれるような優しさすら放っていた。

ただ、そんなphaさんの中年以前の言説には「既成概念に対する疑義と再解釈」の背後に潜む「合理性に擬態させた独善」のようなものが見え隠れする瞬間もあったように思う。若さ、といってしまえばそれまでだが、どこかわがままで、危なっかしさがあった。

そして、今回の新著である。紛うことなき中年になった著者の孤独と諦観であったり、境涯の受容であったり。そうした心の動きがいちいち沁みるのだ。そのうえで、思った。「そうか、あのphaさんも、大人に(中年に)なってしまったのか」と。

でも、そこに一筋の光みたいなものを、確かに感じた。勢いを失う自分、衰えていく自分もまた、自分であると。

もちろん老成したら、したなりの悩みはある。若いころに拗らせた自意識も、一部は変わらないまま背負い続けている。僕も40代になれば、50代になれば、もう少しまともな大人になれると思っていた。ところが、相変わらず思考も行動もフワフワしていて向かう先は定まらず、心根の弱い部分は弱いままだったりする。

本書を読み進めながら「でも、まぁ、そういうものかもね」「そんなに悪いものでもないでしょ」──そんなふうに、phaさんから静かに微笑みかけてもらったような読後感を持った。参ったな、ちょっと泣きそうである。

僕はすでに中年も末期……というか、もはや老年に突入してしまったかのような気分を抱きつつある。パーティーなんかとうの昔に終わり、心の奥底から際限なく浮かび上がる諦念と不安、虚無感に押し潰されそうだ。これが加齢のせいなのか、もともとの豆腐メンタルのせいなのかはわからない。が、中年クライシスに翻弄されている状況であることは、自分のなかでは事実なのだ。

そんな僕のもとにもたらされた、一筋の光である。


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