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時限公開販売最後。クオリアと報告の関係性は「随伴」関係? 現象的な意識とアクセス意識の関係性への新しい見方とそこから生まれるあらたな実験パラダイム。

(最後は一気に5章から7章までを載せます)

5. クオリアと報告の関係性は「随伴」と捉えられるか?

4章では、圏論における重要な結論である米田の補題と、それにインスパイアされてデザインした心理物理実験として考えられる例を紹介した。


5章では、圏論が明らかにしたもう一つの重要概念である「随伴関係」を意識研究者や認知科学者に紹介する。「随伴」とは、2つの圏の間にある関係性である。圏論で正式に定義される他の圏の間の「同じさ」に比べると、条件がゆるい分応用範囲は広い。ただし「ゆるい」と言っても曖昧というわけではない。そこが圏論という数学を用いた形式化の強みである。著者は、意識研究・認知科学に随伴関係の概念を導入することで、概念的な整理とそれにともなう新たな研究パラダイムの創出が、米田の補題、いやそれ以上に行われると考えている。


さて、2章で見たように、歴史的にさまざまな哲学者や科学者が、内観報告による認知アクセスの「不確定性」を指摘してきた。内観報告に対しての不信とそれをどのようにして正確なものへと改善していくべきかは、意識研究における中心問題である。果たして、クオリアは、アクセスによってどれだけ客観的に報告できるのだろうか? この疑問に対し、数理的なアプローチを可能にする手立てだと、著者が考えているのが「随伴関係」である。


以下では、まず、クオリアとアクセスの関係性における議論の中心の役割を果たしてきた「スパーリング課題」を紹介する。スパーリング課題では「全てがはっきりと見えた」というクオリアの印象が「アクセスして報告できるのはその一部」ということが明らかになる。


次に、このクオリアとアクセスの関係性は、連続的に数を表現する「実数」とそれをより直感的に取り出す「整数」の関係性に近いのではないか、という著者の直感を紹介する。圏論での議論に載せるために、クオリア圏とアクセス圏には「区別がつかないほど似ている」という射を考える。実数・整数の圏では、「≤」を考え、まずは読者に随伴関係の直感的な理解を養ってもらう。


スパーリング課題

クオリアと報告の関係性を考えるのに中心的な役割を果たしてきたのは、以下の図で示す課題だ(Sperling 1960)。この課題の発案者の名前をとって、スパーリング課題とも呼ばれる。

図5. スパーリング課題で使われる刺激の一例。

スパーリング課題では、ほんの一瞬だけ、12個のアルファベットが画面上に提示される。その時、意識にのぼる「広い意味でのクオリア」、すなわち一瞬の意識としては、「12個の文字が見えた」という感じが経験される。しかし、「どんな文字がどの場所に見えたのか」を、認知的にアクセスし、報告しようとすると、せいぜい4文字ほどしか正解できない。


ここまでの説明では、どれほど「クオリア」は不正確なものかという議論をサポートするような結果だと言える。12文字見えた気がするが、4文字しか正確に報告できないというのである。


ところが、文字が画面から「消えた後」で、上の段に見えた4文字を答えてくれ、と言われるとそれはできる。また、別の試行で、また「文字が消えた後に」真ん中の4文字を答えてくれ、と言われればそれもできる。下の4文字についても同様。


ということは、最初の「12個の文字が見えた」というクオリアをサポートするだけの脳活動は、おそらく生じていたと考えるのが自然ではないだろうか。ところが、それを情報としてアクセスしようとすると、4文字にアクセスしている間に残りの8文字がアクセス不能になってしまうのだ。


しかし、そのような解釈が広く受け入れられているわけではない。他の研究者は、クオリアはあくまで実態のないもので、被験者が経験したと思いこんでいるだけだと考えている。アクセスされた4つの文字をもとに12個の文字をみたという意識を後から再構成しているのだ、という解釈だ。他にも、12個の文字のほとんどは、部分的なクオリアしか形成せず、アクセスが起きる時にはじめてそれが形になるという解釈もある。


このスパーリング課題が提示した問題は、意識研究において、「現象的な意識」と「アクセス意識」と呼ばれる概念的区別にまつわる[Block 2005, Kouider 2010]。現象的な意識は、本論考で言うところの「広い意味でのクオリア」と捉えてもらってよい。「アクセス意識」が指すのは、クオリアへの注意・アクセス・記憶・報告など、クオリアをもとに人間が起こすことができる行動や行動の準備として観測される認知活動だと考えられる。つまり、報告できるものは「アクセス可能な」意識の側面、という意味だ。スパーリング課題にはさまざまな側面がある。現在的な解釈や神経科学的な研究の総説とその意識研究における解釈は以下を参照[Haun 2017 NOC, Lau 2011TICS, Cohen 2015 TICS, Block 2007 BBS, Vandenbroucke2014 Psych Sci, Kouider 2010TICS].


本章の残りでは、スパーリング課題と色クオリア類似実験をモデルとして、クオリアと報告の関係性を随伴関係と捉えることができるかどうかを論じる。


クオリアとアクセスの関係性

随伴の説明に入る前に、スパーリング課題と色の類似度判断課題における、クオリアとアクセスにまつわる実験事実を整理しておこう。

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