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喜ばれて、怒られて、お願いされて。
夜、仕事を終えて家に戻ると、Facebookにお客様からのメッセージが入っていたのを見つけた。それをメッセージしてくれたのは、今日、ディナー営業の真っ最中だったよう。
「電話がずっと通話中ですが、この電話番号であってますか?」
合ってるよ~、と一人言を言いながら、遅い返事をお客様に書く。
「申し訳ありませんでした。テイクアウトの電話オーダーが多くて、ずっと話し中だったんだと思います。できればこれからは、早い時間に予約オーダーを入れて頂ければ助かります」、と。
地元で作られた白ワインに、庭で取れた日本のキュウリとオクラ、おかひじきのあっさりしたマリネをおつまみに、庭のデッキでくつろぐ。まさに”Farm to Table” 。日本語では地産地消だっけ。昔はそれが食の基本だったけど、今は理想。でも、徐々に流れは再びそうなってる。こんな小さな食卓からであっても。
日中は37度を超えても、夜10時にもなればすっかり涼しくて、時折吹いてくる柔らかな風が、今日一日の体験を夜空のスクリーンに呼び起こす。
ああ、今日という日はお客様から、喜ばれたり、怒られたり、お願いされたりの1日だった。
自分の一日にそんなタイトルが付くと、私は可笑しくてたまらなくなった。どんなシーンも映画のようにリアルではないのに、リアルだ。私はそれを見ながら笑い、反省もして、そしてまたこのストーリーに満足もしている。どのシーンも愛おしい。監督は誰なんだろう?
喜ばれたのはもちろん食事のこと、そしてサービスのこと。キッチンとダイニングのチームワーク。帰り際にお客様から掛けられるそれらのコトバは、何度聞いても聞いても嬉しい。でも、スクリーンに映し出されるのはコトバではなく、人々の輝く瞳と笑顔。
けれど、ハイライトはそれだけじゃない。
「今日は店内営業は締め切りました」、とお客様に伝えたとき、「遠くから来たのに!」と30代頃のイケメン男性が形相を突然変えた。
今、うちは以前のように予約を取っていない。お客様には不便で申し訳ないけれど、予約を采配する人手もいないし、オンラインという手もあるけれど そもそも11テーブルとスシカウンターしかないような 小さなレストランでは予約制はけっこうストレスになる。
でも、彼の言うのを見て思った。そうよね、私だって同じ場面に合えば一瞬、ムッとするかもしれない、と心の中で思う。けれど、彼の美しい連れの女性が隣で彼をなだめて、私にちょっと困った顔と笑顔を混ぜて、そよ風のように囁く。「大丈夫よ、ありがとう」。私も彼女のようになれたら素敵!
今日はキッチンのスタッフがいつもより一人足らなかった。まわらなくなったら、オーダーを止めましょう、と事前にスタッフと話していた。
いよいよオーダーがてんこ盛りになったので、テイクアウトの電話がかかった時に 「済みません、もう 今日のオーダーはお終いです」と言う。すると電話の向こうの彼女が細い声で返してきた。「私、今日出産したところで どうしてもあなたのお店のご飯を食べたいの。何とか作ってくれないかしら」。
それはお願い、というより有無を言わさない(命令)、のように私には聞こえた。彼女からの、というよりは、神様からの・・・?
来店された、赤ちゃん連れのカップルにも、同じようにお断りするつもりだったのに、私が口を開く前に奥さんが嬉しそうに話し始める。 「今日 この人の誕生日なのよ!パパになってから初めての誕生日のお祝いにここに食べに来たの!」
私は口をモゴモゴさせた。さっきまでお断りの言葉が口から出て行くはずだったのに、その言葉は宙に浮き、自然に他の言葉に取って代わる。
「今 店内は満席で、当分席も空きそうにないので外のテーブルにご案内しますがよろしいですか?」
外の席は基本、使わない。手が回らないので、普段はテイクアウトした人が思い思いにそこでピクニックをしている。山吹色のアンブレラが並ぶテーブルに人々が集う光景が私は大好きで、そのうちそこでもテーブルサービスが出来るようになればいいな、と思っている。
お店のキッチンは、店内とテイクアウトのオーダーでいっぱいで、外のテーブルまで手が回るのか?でも、自分の口から自然に出てきた言葉を信じるしかなかった。
目が離せないくらいの笑顔の赤ちゃんを抱いた、バースディ・パパと奥さんを席に案内した後で、私はキッチンスタッフにお願いする。「外の席にひと組入れちゃった!お願いします。」忙しくなったらオーダー、止めようね、って言っていたのに、自ら席数を増やしてスタッフにチャレンジを強いていた。
営業が終わって掃除や片付けをしているスタッフに聞いて回る。
「今日どうだった、お客さん、皆んなハッピーだった?」
「ひとテーブルだけ、料理が遅かったけど食事のあとは満足して貰ったわ。皆んな美味しい、って喜んでくれたわよ!誕生日も多かったから、デザートに飾るキャンドルをもっと買っておいて。」
ダイニングスタッフから3つ星に近いフィードバックを貰って、てんわやんわなディナータイムを過ごしたキッチンスタッフにそれを伝えに行く。
夜空のスクリーンにエンディング・ロールが現れる。
ありがとう、皆んな。
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