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たったひとつの関係性を現す言葉は。

彼の大好きなキャロット・ケーキにたくさんのキャンドルが灯された。

その日、シフトに入っていた店のスタッフ、全員からのHappy Birthday の歌に包まれて、いつもは座ることのない客席で、彼が家族と一緒に食事をした後の、バースディ・サプライズ。

彼は23歳のときに、うちに来て、その日40歳の誕生日を迎えた。

彼の奥さんが撮った、そのときのビデオがSNSに上げられていて、私はそれを仕事から戻った夜に、何度も見返して、胸が熱くなる。

ずっと一緒に、仕事をしてきた私の相棒。

彼と私の関係は、他の誰のとも違う。

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彼は、19歳で母親を亡くしたあと、単身で、メキシコからカリフォルニアのこの町に、友人を頼ってやってきた。

そして23歳のとき、うちに、皿洗いで働き始めたんだった。

あの頃、彼の胸の内にあった孤独や、情熱や、期待を私は見ることもなく、彼の、腰かけ仕事をこなしているような態度に、いつ辞めるんだろう、と思っていた。

けれど、彼に子供ができて、家族をもったあたりから、変わっていった。自分の仕事だけでなく、周りの状況にも敏感になり、夫がやっていることを注意深く見るようになった。

教えてもいないことを、いつの間にか、自分で見て覚え、やっていた。

キッチンスタッフと、これまで通り、わいわい混ざりながらも、ひとつ上の視線で観ることを習得し、自然に彼は「私たち側(経営側)」に立って話すようになり、そして、当然の流れで、マネージャーのポジションに着いた。

それからしばらくして、夫は店を退いた。

正直に言えば、彼のおかげで、私はこの店を安心して、続けていられる。


冗談が好きで、毎日私を笑わせてくれるだけじゃない。

どんなツゴウの悪い状況に合っても、「MOVE ON!」と切り替えて自分の機嫌をさらっと取っていくことができるだけじゃない。

「ツイてる!」という日本語が大好きで、それを口癖にしているだけじゃない。

まるで、この店が、本当に自分の店であるかのように、働いている。自分の後ろに誰かがいて、尻ぬぐいをしてくれる人がいるとは 彼は絶対に思ってはいない。

彼の純粋な、お店への愛や、私と夫への誠実さに出会えたことに、私は日々感謝せずにはいられない。

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たまに新しいレストランができると、私は彼にその店のギフト券を渡して、行ってみるように言うれけど、たいてい彼は帰ってきてこう言うのだ。

「うちの店が一番だよ。こんなユニークな店は他にないからね」

と勝ち誇ったように言う。

彼に行くように勧める店は、私の気に入ったもので、「隣の芝生は青い」状態になっているのに、それを彼は見事に一蹴する。

「クチカラウマレタ」と、日本語で自分のことを表すように、お喋りが好きで、もともとがリラックスした性格であることが、忙しいレストランビジネスをずっと私と一緒に続けて来れた秘訣かもしれない。オンがすぐにオフに切り替わる。その素早さに、ちょっと待って、と言いたくなることもあるくらい。

私が彼との関係を、唯一無二だと思うのは、彼を思ったときに感じる、私の感情が、他のどんな人との間に感じるものではないから。

日本とメキシコでそれぞれ生まれ、カリフォルニアで出会い、世代も、趣味や好みも違うのに、17年間、毎日のように顔を合わせ、一緒に仕事をしてきた。この仕事だけが、私たちの共通点だ。

この関係を色んな言葉を挙げて、現そうとするけど、私にとって、このたった一つの関係性を表す言葉が、どうしても見当たらない。

どれも「それではない」と思う。そして、その「どれでもある」、とも思う。


HAPPY BIRTHDAYの歌に包まれた、彼のはにかんだ笑顔を思い出しながら、今も、私は笑顔になっている。



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